彼の名は

kokeko
exploring the power of place
5 min readOct 19, 2019

こんなことがあった。
オーストラリア、メルボルンにある日系の移民の子供が通っている日本語教育のコミュニティに遊びにいった。料理をつくったり、文化を中心に体験する事で、楽しみながら日本語を勉強できるような地域の教室ともいえる。学校でも、家でもない、不思議で、素敵な場所であった。
そんな中「にほんごかるた」で遊んでいた子が私の袖をつまんでこう言った。
「ねぇねぇ、これなんて読むの?」
どれどれ?なんでも聞いてくださいとばかりにと覗き込んだ視線の先には

「ゑ」

おっ、と思った。
「読み方は『え』でね。。あれ?」と、日本からきたお姉さん(私)はここで言葉を詰まらせる。この文字がどんな単語に使われているのかを説明しようと頭を巡らせるが、なかなかいい例えが見つからない。そしてなんとか絞り出した答えが「ゑびす」であった。日本にはそういう名前の神様がいるんだよ、駅もあるんだよ。と言葉を続ける。その駅は渋谷の横にあってね。というと、その子は渋谷に行った事があるみたいで、「ああ、渋谷知ってる!へー!!」っと大きく頷いた。

また、こんなことがあった。
ある金曜、部屋のルームメイトの子が帰ってくるなり「めちゃめちゃ好きなビールがあったからケースで買って来た、冷やすから手伝って」と言い、冷蔵庫に向かっていった。一体どんなオージービールとの出会えるのだろうかワクワク、と胸をときめかせて着いていくと、そこにでんと置かれていたのは「Asahi」である。ここにきてジャパンである。ズコーッとしている私を横目に見ながら、 特に味が好きなの。と彼女は付け加えた。

実はAsahiが日本のビールであるということはしらず、国にいた時から(彼女も留学生であった)愛飲していたのだとか。そんな話をしながら、オーダーしたポテトにNando(というチェーンのチキン屋さん)のperiperi souceをかけたものと、パンにアボカドをのせた我々2人のお気に入りをおつまみに、彼女はAsahiビールを、わたしはコーラを飲んだ。(コーラが好きなのだ) 金曜日の夜、彼女がパーティに出かけて行かない時にできるこの時間がとても好きだった。

金曜日の夜の時間によく食べていた、我々の定番メニューである。

彼女は自分の国の文化の事を話すのがとても好きで、よく料理をふるまってくれたり、宗教や文化についても教えてくれた。そして、日本の文化にも興味をもってくれていた。このAsahiビールの件以来、日本のビールの名前の由来や種類についてたくさん質問をしてくれるようになった。自分のフィールドリサーチ先がビール屋さんであるという事も助けになり、話すネタは次々と出て来た。

そうしてついにその時はやって来た。

「What is the behind meaning of this…ah..YEBISU….?」

自分の母が一番贔屓にしているということもあり、ヱビスビールを紹介すると、ヱビスってどういう意味なの?と聞かれた。すこし考えたあと、「実は日本にはそういう神様がいてね。。。ラベルにもイラストがあるんだよ」と言いつつ、Goolge画像検索をかけると、にっこり笑ったおなじみのイラストが出てくる。「アハハ、とても幸せそう。笑ってる」と言いながら、彼女は残りの瓶ビールをあけた。

はて、とここで私はあることに気づいた。
この短い期間に、私は2回も日本の神様の名前を紹介したのである。

えびす、えびす、えびす。
えびすはとても面白い単語だと個人的に思う。非日常的な雰囲気を醸しながら、駅名だったりと日常的。また、語り口が多い。たとえば漢字、カタカナ、ひらがなを行き来してみると、一文字目に「ゑ」があったとおもったら、最後には「寿」が入っている。とか。それがゆえなのか、日本の伝統的なしきたりや振る舞い、おめでたい、ような印象もある。なのに、「渋谷」の隣の駅だったり、日比谷線の終点の隣駅だったりと、ちょっと謙虚な面もある。そしてなんといっても日本固有の神様の名前そのものである。

そういえば、と思う。「ゑ」とか「ヱ」とか「恵比寿」に関して聞かれると、私はほとんどの確率で「えびすさま」を紹介している。もしかしたら、この事自体はとても当たり前の事なのかもしれない。しかし今回ばかりは、予想外の場所で日本の神様の名前を全力で2回も紹介してしまった事に、なんだかとても口元が緩んでしまった。

なるほど、こうやって「えびすさま」は世界中を旅しているのだろうか。今度誰かにあったら「ゑ」のつく単語でも話題に出してみよう。きっと誰かが彼の名を紹介してくれる。そして、彼はまた旅に出るのだ。「えびすさま」の旅路を小さく応援していこうではないか。

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