愛情の向かう先。

Sakura Shiroma
exploring the power of place
5 min readDec 19, 2016

父と母が帰っていった。父の久しぶりの休みを利用して、父と母が私の一人暮らしの家に遊びに来ていた。

2年9ヶ月も一人暮らしをしてきて、慣れていたはずの「ひとり」がものすごく寂しく感じる。「こんなの平気。大丈夫。」と言い聞かせ、眠りについた。私は両親と年の離れた2人の兄の元でたくさんの愛情を受けながら育ってきた。いつも家に帰れば誰かがいて、「ただいま」と言えば「おかえり」の返事が返ってくるのが当たり前だった。

それが当たり前じゃない生活が始まったのが2年9ヶ月前。大学進学とともに上京してきたときだ。寂しくて寂しくて仕方のなかった一人暮らしも、なんだか3年近くの月日が流れるとこんなにも一人が楽になってしまうのかとも思う。ついこの間まで「おかえり」が返ってこない寂しさを感じていたのに、「おかえり」が返ってこない「ただいま」を言うことにもなんの戸惑いも感じない。慣れって怖いなと強く思う。

2年9ヶ月のうちここ半年ほどで私はとても大きな変化を感じている。今年の5月に母から電話で私の兄に子供ができたという報告を受けたときに嬉しい気持ちと共にただならぬモヤモヤ感に襲われたのをいまでも鮮明に覚えている。そんな気持ちの根底にはきっと、とても喜び、孫が生まれることを心待ちにしている父や母の姿を見て、恥ずかしい話だが、まだ生まれてきていない甥っ子に「やきもち」を妬いていたのだと思う。

生まれて21年間、先にも話したが、私は「末っ子」として育ってきた。きっと、いままで父や母、兄の愛情を独り占めしているつもりでいたのだろう。私の家族も、私が末っ子であること、また待望の女の子であったが故に私のことを甘やかしていたのかもしれない。そんな家族の愛情が私以外に向いてしまうのが寂しいと同時に私の帰る場所がなくなってしまうという不安感に襲われたからだった。

しかし、夏休みを利用して実際に実家に帰った際に義理の姉と話をしたり大きなお腹を見て、父や母、兄と話を話をしていくうちに私のモヤモヤはだんだんと解消していった。家族の愛情は私にも、さらに甥っ子にも変わらずたくさん注がれている。実家からまた一人暮らしに戻るとき、「ああ、この家族でよかったな」と思い直した。

家族の中でも私は、母とかなり仲が良い。実家にいるときは、地元の友達と遊ぶよりも母と過ごす時間の方が明らかに長い。ランチに行ったり、買い物をしたり。毎日と言っていいほどどこかへ出かけている気がする。だからなのか、上京してきてからは実家にいたり、一緒にいるとき以外は毎日欠かさず無料通話アプリである「LINE」で連絡を取り続けている。どんなに話す内容がなくても、「おはよう」「おやすみ」のやり取りは、必ずしている。とても大げさだが、たった一言の「おはよう」で、私が今日も無事に生きている。たった「おやすみ」の一言で今日も無事私が家に帰っている。という証になっているらしい。毎日連絡を取り合うことで、不安であったり、些細な悩みを相談したりすることはできる。私自身も、毎日母と連絡を取ることで、今日も母が元気でいることを確認することができる。

母との「LINE」のやり取りの一部。甥っ子が生まれて1ヶ月記念の日の内容。いつにもなく元気で嬉しそうなのが文面からも伝わってきた。

仲がいいからこそ、私の事をなんでも話したり、母の話を聞くこともできる。しかし、どんなに毎日連絡を取り合っていても、伝わらないことはたくさんあるし、21年の歳月をかけて築きあげてきた信頼関係を崩しかけてしまうこともある。親元を離れて門限やら規則から解放された私にとって、一人暮らしをすることによって与えられた「自由」はとてつもなく大きなものだったからだ。さらに、大学生活に馴染めば馴染むほど、母親との連絡を億劫に感じたことさえある。顔が見えないからといって連絡をおろそかにしていたこともある。億劫に感じ、母への返事がなげやりになったその日の夜や、次の日に母との「LINE」を見返して寂しそうな母の返事を見ると、この気持ちがすぐに伝わることを何回痛感させられて、何回反省したかわからない。だが、私は母の優しさに甘え、また億劫に感じると母へ冷たい態度をとってしまうのだろう。

私にとって母は、母親でありながら、親友のような存在だ。友達の話はもちろん、恋愛の相談だってする。なにか悩み事があれば、一番に母に連絡をするし、母も愚痴をこぼしたいときは私に電話をしてくる。私よりもはるかに経験の多い女性としていつでもどんなときで的確なアドバイスをくれる。隠し事をしたとき、母にはすぐばれてしまう部分は、「やっぱり母親だな」と実感させられるが、いつでも私の強い味方だ。この年になっても小さな頃と変わらずにたくさんの愛情を私に注いでくれる。私の自慢の母だ。

母も家族も、私にとって大切でかけがえのない存在だ。私がたくさん愛情を注がれていたように、新しくできた家族に私もたくさんの愛情を注いであげられるよになりたい。これからは、母や、家族にも注がれるだけでなく私がそれをかえせるようになりたい。そう強く思い、年末の帰省で初めて会う甥っ子へのクリスマスプレゼントを選ぶ。

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