列の進み方、注文の仕方、扇風機の使い方

9月から、四谷に住み始めた。来年から働く職場と、よく遊びにいく新宿の間、という単純な理由で決めた引っ越しだったけれど、住み心地がよくて、引っ越して数日だがとても気に入っている。そしてさらに、本当に偶然、小学校以来の友人が同じタイミングで四谷に引っ越してきた。

引っ越してきた翌日、さっそく彼と二人で昼ごはんにでかけた。「とりあえず、まずは美味しいラーメンを把握しよう」と、食べログで評価を調べながら、二人で街一番のラーメン屋を目指した。ビルの一階に入った、小さいラーメン屋だ。ぼくたちが12時すぎに店に着くと、すでに数人の行列ができていた。ビルの通路の壁沿いにスツールが並べられていて、待っている人はそこに座る。狭いビルの通路ということもあって、行列というよりは、待合室という雰囲気だ。そのスツールの向かい側には扇風機が等間隔に並んでいたが、起動しているのはすでに並んでいる人の前のものだけだった。周りを見渡してみても特に扇風機に関する説明書きは見当たらない。「これ勝手につけていいんやんな?」と言い合ったが、結局扇風機はつけずにおいた。

ラーメン屋の待合室

このラーメン屋は、新しい客に対する親切な説明が一切行われない。そもそも店の看板はどこにも出ていないし、待っている間のルールは全く説明がなされない。店員が外に出てくることも全くない。貼られているのは、「本当にラーメンが好きな方、ご入店ください」という、見方によれば高飛車とも取れる一枚の張り紙だけだ。

しかしぼくたちは久しぶりの再会に気が行ってしまっていたため、行列がどのように進んでいるのかに全く注意せず、ただ横のスツールが空くたびに体をスライドさせる、というそのルーティーンを続けてしまい、ついに自分たちが列の先頭になってしまった。前の人たちがどのタイミングで入店していたかを見ていなかったため、どのタイミングで入店していいのかが全くわからない。店から一人、二人と客が出てくるたびに、今入るべきなのか、と二人で頭を悩ませた。結局、四人くらい出てきたタイミングでおそるおそる店に入り、「二人です」と伝えると、気のよさそうなおじさんが、「いらっしゃい、座って座って」と、笑顔で迎え入れてくれた。ぼくたちに続いてさらに二人入ってきたのをみて、「ぼくたちの入り方は間違っていたんだろうな」と思ったが、そんなことを責められるような空気が一切なかったことに、とにかく安心した。

狭い店の中には、「ラーメン八百円、大盛り百円」とだけ書いてあったので、「ラーメン二つください」というと、「あ、君らはじめてだね、ちょっと待って」と、ぼくたちの前に二種類のスープを差し出した。「匂い嗅いでみて、好きな方選んでね」と、メニューには書かれていないが、二種類のラーメンがあることを知った。他の客は、「濃い方」「下品な方」「悪魔」「ヒロポン」「自由が丘」と、二種類以上の呼び名で注文を続ける。出てくるラーメンは同じだったので、一つのラーメンに複数の呼び名があるのだろう。店主はほとんどの客と面識があるようで、それぞれの客と会話しながら、ぼくたちにも話をふってきた。ラーメン屋として、こうやって対話の中で店と客の関係をつくり、その過程でいろんな呼び名が生まれてきたことが容易に想像できた。

看板もない、行列を誘導する注意書きもないこの店がうまく回り続けていることを支えているのは、間違いなく一部の客たちの熟達だ。ラーメン屋の常連を描写する際に、「訓練された客」という表現がしばしば用いられるが、この店に関していえば、店側は何の訓練もしていないように見えた。ラーメン屋によくある注文方法や食べ方に関する「作法」を店側が強要するのではなく、メニューの呼び名にいたるまで店と客が付きあいの時間の中で生み出していく。いわば、ボトムアップ式ラーメン屋だ。店側が客に多くを求めず、客が自分なりに快適な利用方法を見出していく。逆にいえば、それだけの余白を店側が残している、とも言えるだろう。待合室における作法やふるまいが制限されていなかったのも、客側の熟達あってこその賜物なのだ。

店を出るとき、「次きたらこの辺の場所いろいろ教えてあげるからね」と、ショップカードとともに次回の約束を取り付けられてしまった。四谷暮らし二日目、これからぼくと店や街との関係がつくられていくことが、楽しみで仕方がない。