月読尊ってどんな神?

ユノ
exploring the power of place
5 min readJan 19, 2017
2015.17.29

「前から気になってたんだけどさ、月読尊ってなんであまり古典で語られてないんだろうね」

隣人の唐突な問いの意味を理解するのに、しばしの時間を要した。

「…まぁ、夜の神様だから。昔の人は暗くなったら寝る生活でしょ?寝ていてわからない世界を司る神様だから、わからなくて描写できないんじゃないの」
「いや、まあそうなんだけどさ」
彼は頷きつつも、不満顔だ。うーんと唸った後言葉を続ける。

「月読尊って、伊弉諾尊の子で、天照大神と素戔嗚尊のきょうだいだから、日本神話的にはかなり重要な神様だと思うんだよ。他のきょうだいは古事記にも色々記述があるし。それに、暗くなったら寝るのは明かりが無かったからだろ。夜は月明かりを頼りに行動するしかなかった時代、むしろ月は尊ばれてたんじゃないかな。そういう意味で信仰の対象にはなってたんじゃないかと思うんだけど、そもそもどういう神様かよくわからないのが不思議でさ」
「まあ、確かに」

なんだろうなぁといいつつ唸る隣人を眺めつつ、わたしも一応頭をひねる。
「〜ミコト(尊)だから、ふつうに考えたら男性の神様でしょ。ヒメ付かないし。でも、けっこう月って女性的なイメージが持たれやすいよね。竹取物語のかぐや姫とか。あと一昔前、セーラームーンが流行ったりしたし。女性の太陽神と男性の月の神って、一般的なイメージと逆だよね」
「だな。ギリシャ神話は太陽がアポロンで月がアルテミスだし。エジプトも太陽神のラーがトップだけど、たぶん男性、っていうかオス?だから。そもそも太陽神が女性っていうのが珍しいのかもしれない」

たぶん太陽神が男性の姿をとることが多いのは、力強いイメージがあるから。逆に、月の神が女性の姿をとることが多いのは、神秘的なイメージと、太陽と比較して弱い光が男女の力の差に当てはめて考えやすいからだろう。特に根拠があるわけではないが、こう考えると自分の中ではわりと腑に落ちる。じゃあ逆パターンならどうだろう。
太陽と女性の共通点としては、生命を産み育むイメージだ。女性が子を産むのはもちろん、太陽も地球上のあらゆる生物の成長になくてはならない存在だ。その影響力は、地球の生物は太陽が産んだといっても過言ではないくらいだろう。その意味において、太陽神が女性の姿をとることは納得がいく。
月と男性の共通点は…あまりすぐには思いつかない。月単体で考えると、光は届けるが熱は届けない辺りから来るクールなイメージ。存在感はあるがパワフルなわけではない。そういう男性はいるにはいるが、太陽-女性ほど明確な共通点とはいいがたい。なるほど、そこまで考えると気になってきた。月読尊はなぜ男性神なのか。

「古事記書かれたくらいの時期って、芸術活動はどれくらいされてたのかな」

隣人が再び発した唐突な問いに、また頭のなかの記憶を探る。
「え、古事記って西暦1000年より前だよね…奈良時代※?」
「うん、多分」
「わたし奈良時代は仏像のイメージしかないや。平安時代は貴族が雅な遊びをいろいろしてたと思うけど。なんでまたそれを聞く?」

そう問うと、
「いや、平安時代的に和歌詠む文化が奈良時代にもあったのなら、月読尊って歌由来なんじゃないかという気がして。ほら、月についての歌を詠む(読む)で月読になるだろ?」
「あー」
私は大きな声を出して頷いた。確かに、詩芸の神というのは納得がいく。
「和歌で月ってよく出てくるもんね。題材にされるってことは、その時代の人が、月を自分たちにとってなじみ深い存在でかつ美しいものだと認識していたんだろうし。そこから、月自体がうたを司る存在と見なされるようになった。とかならあり得る話だね」
「男も女も歌を詠んでいた時代で、かつ男のほうが歌詠みの機会が多かったなら男性神になったのもわかるな。で、物や場所じゃなくて、詩を詠むという行為を司る神だから、神としての言動はあまり記録されていないけど存在感はある、と」

あーすっきりしたわ。といいながら隣人の彼は席を離れていった。

こんな話を机上でしていても、真実はわからない。調べてみたら古い書物の記述などもわかるだろう。でも、手ぶらでただ顔を合わせてこうした話をするのは楽しい。軽いノリでしている雑談であっても、それなりに頭を使うから。隣人はいつも唐突に謎の話題をふってくるが、わたしはこの時間がけっこう好きだった。

今日の夜、月は見えるのだろうか。普段あまり気にとめない月と、それを司るとされる神のことを考えながら過ごす日があるのも悪くない。

※古事記の発行は712年とされています。

--

--

ユノ
exploring the power of place

文章を書いたり、写真を撮ったりすることが好きです。