「楽しむ気持ち」

人は同じことを17日間続けていると、それがその人の習慣になるらしい。どんなに朝目覚めが悪い人でも、17日間頑張って6時に起き続ければ、早起きがその人の習慣となり全く辛くなくなる。―――という話を自粛期間に親友から聞いた。ランニングを開始してから2日目のことだった。

小さい頃から長距離を走るのが大嫌いで、小学校のマラソン大会では走り終わる度に、次の年のマラソン大会のことを考え憂鬱な気持ちになっていた。長い距離をひたすら走って何が面白い、ただ疲れるだけではないか。そう思いつつも、トップの座を狙いたい気持ちは毎度ブレず、大会直前にはがむしゃらに走りこむのだ。いつも「走りたくない気持ち」と「負けず嫌いの気持ち」が心の中で激しくぶつかり合う中、静かに息を吐きランニングシューズの紐を結ぶ。私は幼い頃から陸上、テニス、そして今はライフセービングに打ち込んでいる。常にスポーツと共に生きてきた私にとって、ランニングは付き物だ。大学生になった今でも尚、練習の際はいつも「走りたくない気持ち」とライバルに対する「負けず嫌いの気持ち」がぶつかり合う。

そんな中、新型コロナウィルスの影響により練習が当面の間休みになった途端、走らなくてはいけない機会がなくなった。今まで体力維持のため何度か自分でランニングを始めようとしても、いつも三日坊主で終わっていた。大会や練習がないと「走りたくない気持ち」が「負けず嫌いの気持ち」に圧勝する。しかし緊急事態宣言が出て全く外出しなくなったある日、どうしても外の空気を吸いたくなり、ランニングを始めてみることにした。湘南に住んでいることもあり、久々に海風をいっぱいに浴びたい気持ちもあった。まぁ今回も続いたとしても3日であろう。そう思った矢先、ダウンロードしていたNIKEのランニングアプリに、何人か友人の名前が現れた。どうやらこの自粛期間に皆ランニングを始めているようだ。アプリでは、友人とお互いのランニング距離を確認できるだけではなく、自分の走ったルートが地図上に絵描かれる。そこで、誰が一番地図上に上手く動物を描けるか勝負しようという話を持ちかけられた。面白そうである。絵を描くことが大好きな私は、早速夜な夜な地図と睨めっこ。様々な形を試し、猫を描いてみることにした。絶対に誰よりも上手く描いて、皆をびっくりさせるぞ、と「負けず嫌いの気持ち」が騒ぐ。次の日の朝、初めてランニングに出かける前にワクワクした気持ちになった。上手く描けるだろうか。昨晩必死に頭に叩き込んだルートを思い出しながら走り出す。外の空気は美味しいものだ。しかし、頭を使いながら走るのは想像以上に難しかった。走り終えて地図上の絵を確認してみると、猫には程遠い形が絵描かれていたのである。どうやら途中で道を間違えたようだ。よし、明日こそ綺麗な猫を描いてみせる。その日から数日間かけ、私はようやくプランしていた通りの猫を地図上に描くことに成功した。私は地図上のお絵かきにすっかりハマってしまった。さて次は何を描こう。絵を描くだけではなく、誰が短期間で100kmを完走出来るかという勝負もした。毎晩ドキドキしながら友人達のその日の走距離を確認するのだ。

そうこうしてランニングアプリを利用し様々なチャレンジをしていると、あっという間に1ヶ月が過ぎていた。もう三日坊主とは言わせない。絵を描かなくとも、5km以上走ることはもはや私の習慣となり、気が付けば10kmも余裕で走れるほどに成長していた。人は同じことを17日間続けていると、それがその人の習慣になるらしい、という親友の話は本当であった。江の島の橋を渡り、神社の鳥居でターンしてそのまま家へ戻れば6km。近くに流れる川沿いを通れば8km。辻堂に寄り道をすれば10km。近所の道も距離感もマスターしてきた。その日の気分でコースとBGMのプレイリストを変える。楽しい、楽しい。体力がついただけではなく、私の心の中に、長距離を走ることを「楽しむ気持ち」が新たに芽生えた、そんな自粛期間であった。

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