海のまにまに


海まで電車で5分、歩いて30分。この春から、そんなところに住んでいる。きっかり18年間、東北の山奥で育った。その後いろいろな街で暮らした5年間も、海には縁がなかった。けれどずっと、憧れていた。23歳になった私は幸運な偶然が重なり、初めて海の近くで暮らしている。

ここに越してすぐ、海の近くでアルバイトをはじめた。週に2.3回、朝の6時から9時まで。私は海を見ながら働いている。それ以外でも気ままに海に出かける。こんなにたくさん、海に出会える生活!

私にとっては信じられないくらい贅沢だ。駅に降り立ち、ザザ・・ンと波音がきこえる瞬間はいつもドキドキする。水平線が目に飛び込む度に、新鮮なよろこびを感じている。そして、当たり前みたいに海べで暮らす人々を、不思議な気持ちで見つめている。


海とともに

海とともに居る人々は、いつも輝かしく愛おしい。ここには平日だろうが早朝だろうが、サーファーたちがたくさんいる。何かの決まりなのか、6人も7人も波打ち際に横一列にならんで、ヨーイドンで海にダッシュするのをたまに見る。そろってスイムスーツを着たサーファー家族が、よく似たキラキラした笑顔で砂浜を歩いてゆく。自分の幼少期にはあり得なかった輝かしい風景に、わたしはめまいを覚える。あの子たちは、水平線のようにどこまでも真っ直ぐ、海風のように爽やかに育つにちがいない!逆立ちしても敵わないまぶしさが、うらやましくて仕方ない。

犬の散歩をしている人もたくさんいる。犬と人の組み合わせが多様で面白い。いかつい顔のおじさんが、トイプードルを3匹連れていたりする。私は犬たちの可愛さに心を奪われながら、「実家の犬もここに連れてきてあげたい・・」とため息をつく。ときおり、犬がリードからスルリと逃げて、見惚れるくらいのスピードでダーーーッと砂浜を駆けていく。そのはるか遠くで、飼い主は「アーーーッ」と悲痛な叫びをあげながら追いかける。見ているだけでハラハラしてしまう、愛おしい海べの一景だ。


海とともに居るのは、海の中と砂浜の上の人々だけではない。人々の心とともに、海はどんどんひろがっていく。たとえば海の最寄駅で、たくさんの大人たちと体操服の子供たちが下車する。どうやら遠足のようだ。にこにこと楽しそうな子供たちの顔を見て、晴れて良かったね、と私まで嬉しくなる。

「たのしいー!!!」

キリンのリュックを背負った男の子が、両手を伸ばして叫んでいた。「まだ海に着いていないのに」と、お母さんが微笑む。キリンボーイよ、わかる、わかるぞその気持ち。みんなでどこかに出かける、そのこと自体が嬉しいんだね。そして彼の中ではきっと、駅に降り立った時点で海なのだ。その横では、別のもっと小さい女の子が、バイバイと車掌さんに手を振る。はにかみながら、車掌さんも手を振り返す。最高の朝だ。

たまに見かける、おじいさんがいる。海から少し距離をとって、草っ原のイスに腰掛けた彼は、ジッとして海のほうを見ている。海に入らず砂浜にも降りないが、彼はたしかに海とともに居るのだと思う。草っ原と砂浜の向こうのとおく、波のさざめきを見つめながら彼は何を思うのだろうか。

そんなことを気にしながら、少し離れたところで海と海べの人々を見つめる私も、海とともに居る。とりとめもなく海のようすをうわさして、「暑いねえ」と言い合いながら、そこで一緒に働くおばちゃんたちもまた、そうなのだ。

きっと海が見えない遠いところでも、海とともに居る人々はたくさんいる。多くの人の心の中で支えや憧れとなり、それらの想いを受け止めながら、海は今日もそこに在る。そんなふうに感じるようになった。


いよいよ夏が来る。海の家が立ち並び、海がみんなを迎え入れる準備は万端だ。人々の心も海に向き出す。海に行こうと計画を練ったり海で過ごす夏にぼんやりと憧れたり、そして実際に足を運んで泳いだり散歩をしたり。海とともに居る人はどんどん増えてゆく。いくら暑さにウンザリしても、海べでにぎやかに集う人々を見て、私はきっとまたワクワクするのだろう。そして自分も階段を駆け降り砂を踏み、波に飛び込む日々が始まるのだろう。嗚呼、夏だ!!

海のまにまに人々と出会う。

そんなふうにして私は、今日も海とともに生きている。

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