狭間で

Mao Kusaka
exploring the power of place
4 min readOct 19, 2018

「フリーハグしてる人って何を求めてるんや」

つい心の声がもれる。

秋晴れの澄み渡った青空の下、渋谷は連休明けだというのにいつものように賑わっている。ハチ公前には色とりどりの服を着た学生らしき集団が『FREE HUG』と書いたスケッチブックを掲げ、我こそはと声を上げている。

上京してから早三年が経つ。そんな若者たちを目の片隅で捉えて、声をかけられるまいと足早に通り過ぎる私は、彼らとはもう違った世界の住人になってしまったということだろうか。

東京に来てすぐ、最初にお金を稼いだ場所は渋谷だった。とは言っても、アルバイトではなく、旅費を稼ぐためのストリートライブである。

大阪出身の私でも、渋谷は、幼い頃からテレビで観ていた馴染みのあるまちだ。交差点は白線が消えるくらいに、短すぎる制服に盛り髪のギャルやサラリーマン、報道スタッフで溢れている。ランドマークのハチ公前では、待ち合わせても人に埋れてすぐには落ち合えない。そんな「何時でも人が多く集まるまち」と認識していた渋谷は、地方出身の私たちにとって旅費を稼ぐには最高の条件を兼ね備えていた。

そして朝7時の渋谷で、期待とともにチャレンジは始まった。「現在旅費求む!目指せ30万円!あなたのためだけに即興でラップとボイパ」と書いたノートの切れ端と靴屋で頂いた箱をそれぞれに持って意気揚々と臨む。しかし、現実は厳しく、あまりの勢いに立ちすくんでしまったのを覚えている。

渋谷でのストリートライブ時の様子。ラップが得意な相方と。

あの日、朝の空気を求めて思いきり吸ったのは、紛れもなく「都会っぽい」匂いだった。湿度が低くキリッと引き締まった渋谷の空気は、どこかホコリっぽい匂いとアスファルトの人工的な匂いが混じる。足早に行き交う人々からは、起き抜けの気怠さと「都会っぽい」特有のスピード感がある。何らかを求めて声をあげ、群れる若者たちは、同じ渋谷というまちに期待している同志でありライバルでもあった。

初めて体験したその空気に衝撃を感じると同時に、あの瞬間、地方から出て来た「お上りさん」の立場から、ようやく「関東在住人」としてのスタート地点に立てた気がしたのだ。結果は、2000円程しか集まらなかったが、観光客にはできない経験ができたことに、ホクホクしたのを覚えている。

そんな危なっかしい夏休みから2年が経つ。そして渋谷での自分の立場は少しずつ変化している。2年前に比べると、格段に渋谷に来る回数は増え、過ごした時間も長くなった。食事をするだけでなく、そこに住む友達の家を尋ね、泊まりにいくこともある。明治通り沿いの塾では、半年近くアルバイトも経験した。

イアホンをつけて、脇目も振らず、スクランブル交差点を他の歩行者と並んで歩く。既に渋谷を知りつつあり、もう部外者特有の寂しさや期待も感じない。「フリーハグお願いしますー」と声をかける若者を避けるようにまちの隅を歩く。あの日感じた渋谷の空気は「排気ガスの匂い」になり、音は「喧騒」になり、街歩く若者は「道を阻むもの」と認識し始めていることに気づく。上京して三年目の私は、渋谷に期待を抱く「お上りさん」でもない、かといって住人程の愛着を感じる関与者でもない、どっち付かずの立場にある。

82歳で前衛的な創造を続ける芸術家の横尾忠則は、自身の著書で、

「子どもの頃の経験は体で得たもの、20歳以降の経験は頭で得たもの」

と語る。

明日で21歳になる私に、いよいよ「頭」で経験する時期がやってくる。ということは、年齢的にも「体」世代と「頭」世代の、ちょうど中間にあるということだろうか。今まで体得していた内的で個人的な感覚が、人々との対話や得つつある知識と結びついていく時期にあるのを感じる。冒頭で感じた変化は、そういったシフトチェンジが行われつつあるからなのかもしれない。

今月から加藤研の渋谷でのフィールドワークが始まった。2年前感じた「都会っぽい」渋谷は、あくまで上京したての私が肌で感じた感覚であり経験である。立場的にも年齢的にも狭間にある今年の私は、渋谷で何を学び、考えるのだろう。

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