目線

Marina Yoshizawa
exploring the power of place
4 min readNov 19, 2018

「渋谷」と聞くと、つい最近の異常なまでのハロウィンの盛り上がりが頭に浮かぶ。わたしも数年前、友達と仮装をしてハロウィンの渋谷へ行ったことがあるが、一体どこからこんな数の人が集まっているのかと不思議になるほど、まちは仮装をした人びとでごった返していた。夜になるにつれて人びとは酒気を帯び、ところどころで暴れるように騒ぐ人びとが見える。今年はなんと軽トラックを横転させる事故が起こったそうではないか。地獄絵図だ。渋谷のハロウィンは年々激しさを増していると聞いたものだから、来年はどうなってしまうのかと考えると今から恐ろしい。

そんな無秩序な状態の渋谷を必死に守ってくれているのが、警察だ。その中のひとりに、DJポリスという警察機動隊員がいる。毎年話題にあがる、スクランブル交差点の中心で大きな車の上からメガホンを持って叫ぶお巡りさんだ。

DJポリスは、ハロウィン以外にもサッカーの試合後の渋谷やアーティストのライブ会場、花火大会など、人びとが殺到して混乱が起こりそうな場面に度々登場する。彼/彼女らが話題にあがるようになったきっかけは、2013年6月、サッカー日本代表がワールドカップ出場を決めた試合の後、歓喜の渦が巻く渋谷スクランブル交差点にて、警察の指揮官車の上に立った男性から発せられた言葉がきっかけだった。

https://www.youtube.com/watch?v=gWWxK7UBRsY

「こんな良き日に怒りたくはありません。私たちはチームメートです。どうか皆さん、チームメートの言うことを聞いてください」

「皆さんは12番目の選手。皆さんはチームメイトです。日本代表のようなチームワークでゆっくり進んでください。みなさんがけがをしてしまっては、ワールドカップ出場も後味の悪いものになってしまいます」

「怖い顔をしたお巡りさん、皆さんが憎くてやっているわけではありません。実は心の中ではワールドカップ出場を喜んでいるんです」

試合の興奮覚めやらぬ人びとは、この言葉を聞いて反発するはずもなく、男性警官に対して喝采や笑いが起こったそうだ。結果的に、この日の渋谷では怪我人も出ず、大きなトラブルも起こらなかったという。DJポリスは、ただ頭ごなしに高圧的な言葉で規制をするのではなく、ユーモラスな言葉を交えながら人びとと目線を合わせて言葉を発し、共感を得ることでその場の秩序を保ったのだった。

相手の目線に立つことで発せられる言葉は、共感を生み、心を動かす。

通常であれば「ルールを守りなさい」だとか「まっすぐ歩きなさい」といったような言葉をかけるだろう。そのような言葉をかける方が簡単だ。しかし、お祭りムードの時にそのような圧力のある言葉に真面目に耳を傾ける人は、おそらくごく僅かなのではないか。

大前提として、DJポリスが必要とされてしまう現状やマナーの悪さは問題だ。けれど、そんな人びとに対して、少し遠回りをして彼らの目線に立って歩み寄り、伝え方を工夫したことで、共感が生まれ、行動を変えることができたのだろう。結果として警察側も、人びととの間に共感を生み出したことでスクランブル交差点の秩序が守られ、労力やストレスを抑えることができ、お互いに幸せな形で一夜を終わらせることができたのではないか。

このDJポリスの例をスケールを大きくして考えてみると、言葉の力で武器をなくし、世の中の争いを減らすこともできるかもしれない。机上の空論であるかもしれないが、わたしはそう思う。世界中の皆、人種や文化は違えど、同じ人間だ。それぞれが相手の目線に立ち、想像力を働かせる努力を怠らなければ、少しずつではあるが、分かり合える日もくるのではないか。

小さなことでもいい。少しだけ遠回りをして、相手に目線を合わせて物事を見てみる。そうすると、驚くほどに事がうまく進むかもしれない。

一人ひとりがもう少しだけ想像力を働かせれば、きっと世の中はもっと優しいものになるのではないか。渋谷のハロウィンやDJポリスを見て、ぼんやりと、そんなことを考えていた。

<参考>「DJポリス:「皆さんは12番目の選手」 お巡りさん、機転アナウンス サッカーW杯予選、東京・渋谷の交差点警備で」、毎日新聞 東京朝刊、2013年6月6日、26頁。

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