育んで、洗い流して

家洞リサ
exploring the power of place
4 min readMay 19, 2017

去年の夏の終わりのこと、友だちと2人で旅をしていた。5日目の8月31日、早起きをして、宿から自転車で10分ほどのところにあるうどん屋に朝ごはんを食べに行った。テーブルの上に垂れたおつゆから、すでに数回転終えている様子がうかがえた。そんな忙しい店内の空気に負けず劣らず、私たちは大きなカボチャのてんぷらと生卵がのったぶっかけうどんを忙しくかきこんだ。「ごちそうさま」と言って空になった丼を厨房に返却し、大急ぎで荷物をとりに帰って、8時半には宿の人に見送られながら駅へと続くあぜ道を駆けていた。息を整えながら2時間ほど電車に揺られ、目的地の最寄りの吉成駅に着いた頃には、日差しは痛いほどのものに変わっていた。ワンピース1枚にリュックサックの重みがのしかかる。タクシーに乗りながら外の景色を見ていると、看板が見えてきた。ここは、徳島の吉野川流域にある藍住町というまちである。名前から想像できるように、藍住町は藍染が盛んで、私たちは天然のジャパン・ブルーを求めてこのまちにやってきたのだ。

雲ひとつない青空のもと、私たちは藍の館というところを訪れた。洒落っけのない施設の門をくぐり、予約をしていた者ですと伝えて藍染にする素材を選ぶ。友だちは風呂敷を、わたしはストールを選んでそれぞれ真っ白な布地を手に持ち、体験工房へと向かった。工房に近づくと、なんだか奇妙な臭いがした。友だちもそれを不思議がっていて、その臭いのもとがなんであるのかがはっきりとわからなかった。「ごめんください」と挨拶をすると、中から手が真っ青に染まった女性がいらした。すぐにエプロンと手袋を手渡され、カバンを置き、身支度を整えた。工房の中は、外よりもかなり異様な臭いがしていた。友だちはろうけつ染にすると言って風呂敷に蝋で絵柄を描き始め、わたしは簡単なグラデーションのストールにすることにして、すぐに藍と対面することになった。

案内された部屋では藍染の蓋が開いていて、「うっ」となりそうなところを必死に我慢した。驚くことに、臭いの正体はこの液体だった。しかも、想像していた青色ではなく、濁った緑色だった。一息つくまもなくストールをピンと張って持ち、緑色の液体に下から3分の1のところをつける。綺麗なグラデーションになるように水平に液体につけて3分ほど我慢をする。真剣に持っていたら1分ほどで腕は疲れて、それを見かねて女性が少し交代してくれた。聞くところによると、藍の葉を発酵させて染色液を作るそうだ。臭いのもとは、この発酵によるアンモニア臭なのだという。昔の人びとはこの臭いをなんとも思わなかったんだろうか。それにしても、藍が植物であることさえ忘れていたことに、我ながら驚いた。染色液の緑色は、すりつぶした藍の葉の色なんだろうか…。

そんなことを思っているうちに、すべての部分が緑色に染まる。仕上げに、甕の中でたくしよせるようにストールを泳がせ、ついにシャワーのある場所へ向かった。ストールに水をかけると、シャワーを浴びてさっぱりしたように、ストールは鮮やかな藍に姿を変えた。これこそが、ジャパン・ブルーであった。「わあ」と驚きまじりに感動していると、女性は笑っていた。色が落ちてしまわないか心配しながら、シャワーを浴びせてみる。みるみるうちに淀んだ緑色がすべて流れ落ち、藍色というのも惜しいくらいきれいな色に変わった。濁った色、臭いにおい…美しい色は、まるで植物が地中ですこしずつ成長していくように、その内でじわじわと育まれていた。唯一の色のために、育み、思いきって洗い流す。この引き算が日本の美しさというものなのか…藍色が、文字どおり陽の目を見る。気持ちよさそうに夏の終わりの風にゆられていた。

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