趣味とのやさしい付き合いかた
記憶を遡ること、約12年。私は小学校低学年の頃まで、母親が仕立てたワンピースやスカートを毎日のように着て過ごしていた。洋服だけでなく、ソファ用のクッションやぬいぐるみまで易々と作ってしまう母親を、子どもながら尊敬のまなざしで見つめていた。そんな母親を見ていたからか、昔から手を動かして何かをつくることが好きだった。特別器用というわけではないけれど、家に道具と材料が一通り揃っていたおかげで、アクセサリー作りや刺繍、編み物など、趣味に事欠かない生活を送っていた。
母親譲りの“インドアな趣味”を抱えて、もう何年が経っただろうか。
ビーズや毛糸、レースなど、さまざまな材料を使って手芸を続けるなかで、私が「切り絵」に魅せられたのは高校生のときだ。「蒼山日菜レース切り絵展」に訪れたことがきっかけだった。一枚の紙から生み出されたとは俄かに信じがたい、とても繊細で緻密な芸術に心を奪われた。「今度は切り絵に挑戦してみよう」と思うまでに、そう時間はかからなかったことを覚えている。
切り絵は、紙とカッター、カッターマットさえあれば誰でも始めることができる。その手軽さも加わって意気揚々と始めてはみたものの、図案に沿ってただ紙を切る作業が案外難しい。切り落としてしまった紙をつなぐことは当然できないため、すべての神経を指先に集中させ、紙を切り離さないように、そろそろと切り抜いていく。図案の入り組んだところは、紙を回転させたり、別の紙を当てたりしながら、注意深く、慎重に。どれだけ用心深く手を動かしていても、カッターを引っかけて紙を破いてしまったり、手がすべって切らなくてもよいところまで切ってしまったりすることもある。カッターの引く力で紙が破れてしまうと、取り返しがつかず、終盤に差し掛かったあたりで始めからやり直したことも数知れない。次にどこの部分を切るべきか頭を使いながら、すべての線がつながるように、図案を再構成しつつ慎重に切り進めていく。

図案の細かさにも左右されるが、私の場合、手のひらサイズの図案をすべて切り終えるまでに2時間ほどの時間を要する。A4サイズの図案ともなると、仕上げるまでに一体どれくらいの時間が必要になるのだろうと考え、心が折れそうになることもある。カッターの扱い一つとっても、手慣れるまでには途方もない時間がかかったし、途中目が疲れたり、集中が途切れたりすることもあり、非常に根気のいる作業であることに偽りはない。毎日少しずつ進めて、数ヶ月がかりで一つの作品を作り上げることもある。それでもけっして「やめたい」と思わないのは、自分の手でものをつくることに醍醐味を感じていることはもちろん、作品が少しずつ少しずつ変貌を遂げる様子にちっとも飽きがこないからだ。
切り絵を始めて間もない頃は、真っ黒の画用紙を切り抜いていただけだったけれど、色画用紙を使ったり、背景に色を塗ったりするようになってからは、図案のバリエーションも増え、モノクロだった作品は多彩に色づいていった。また、図案のデザインを自分でするようになってからは、線の太さや線のつなぎ方に気を配り、一本一本の線が織りなす表情を何よりも楽しんでいる。
思えば、これまで打ち込んできた趣味はどれも、目に見えて大きな進歩があるわけでもなく、短期間に飛び抜けて上達していくものでもない。上手くできたからといって、次に再び上手くできるとは限らず、失敗とささやかな成功を繰り返して、ようやくなんとか形になっていく。完成の時を心待ちにしつつも、途中経過を楽しみながら、ゆっくりじっくり歩みを重ねていく。作品が、少しずつ姿を変えていく様子を誰よりもいちばん近くで見て、味わう。そして、育てる。母親から受け継いだ数多の趣味とは、そんな付き合い方でこれからもよろしくお願いしたいと思う。

