1分20円。
「うちのシャワーがコイン式になった・・」
大学の友人が絶望した面持ちでそんなことを言ってきたのは、4月初めのことだ。1人1台スマホを持つこの平成の時代に、彼は風呂共同の超格安下宿アパートに住んでいる。3月に下宿に住んでいた2人の先輩が卒業のため引っ越し、住人は彼ひとりになった。その結果、いままで共益費により賄われていた「定額使い放題」の電気/ガス/水道代だったが、それでは立ち行かなくなり、シャワーにのみ1分20円の“課金方式”が導入されることになったのだ。
そもそも私たちは通常シャワーを浴びる際に、一体どれほどの水を必要としているのだろうか。
たいていの家庭用シャワーは1分間に約12リットルの水を使用する。(東京都水道局ホームページより)。「シャワーはたくさんの水を使う」とはよく聞く話だが、たった1分間に12リットルとは。とは言え件の友人曰く、コインシャワーで1分間、12リットルの水を頭からかぶったとしても、人は満足に「シャワーを浴びた」とは思えないらしい。友人は続けて、「だからこそ、コインシャワーを浴びるときは一滴の水も無駄にすることはないんだよ」と神々しくのたまった。「へえ、それならコインシャワーも捨てたもんじゃないね」と口が滑った。時、既に遅し。彼は笑みもなく、まっすぐぼくを見て、こう言った。
「今夜浴びてみなよ、うちで。」
ちょうどよかった、と思うことにした。というのも、我が家はこの1年、なぜか毎回水道代が上がっている。先のデータによると、家庭の水道使用の4割以上がお風呂、らしい。うちは友人との2人ぐらしだが日中家にひとがいないことが多いし、自炊もほとんどしていない。お風呂が占める割合はもっと高いだろう。ここをどう切り詰めるか、人はどれほどの湯量で1日の汚れを落とすことができるのか。この際、コインシャワーをつかって検証してみることにした。
■準備
そもそもコインシャワーを満足に使うためには、それなりの10円玉が必要だ。
「うちに10円玉のストックあるから、それ使いなよ」本物のコインシャワーユーザーは常日頃から10円玉をストックしておくのだ。
家に着いた。今日の相手がこれ。
■計画
坊主頭の友人はより短時間で満足にシャワーを浴びるため、台所で頭を濡らしてからシャワールームに向かうそうだ。性格同様中途半端な長さの髪を持つぼくは、さすがにひとの家の床をビショビショにするわけにもいかず、またそれでは一体どれほどの量の水が必要なのか正確な計測も出来ないので、正攻法で攻めることにした。
重要なことだが、コインシャワーを止めることができるのは1分ごとのタイミングのみだ。そこでまずは1分で身体を水洗いし、シャワーが止まっている状態でシャンプー、ボディソープで身体を洗い、そのあと一気に全身を洗い流す作戦を取ることにした。
■実験
百聞は一見に如かず。書きたいことは山ほどあるが、コインシャワーを浴びるぼくを時系列で追ってみよう。
■結果
ということで、全身を洗いきるまでに使った水は合計3分のシャワー分、約36リットルだけ、ということになった。
■検証
ここで、我が家の水道使用量に再度目を向けたい。今回は水道使用量の半分(もっと多い気もするが)を風呂使用量として計算した。すると我が家は1日に1人あたり約137リットル(!)の水をお風呂に使っていることがわかった。単純に考えても、約100リットルの水を、毎日無駄に使っているらしい。無意識になんとも贅沢な生活をしていたのだ。
日常の「あたりまえ」を脱することは難しい。「慣れ」をやめることは強い意思と、精神力が求められる。思い切って、強引に不便さの中に身を投じることで、日常のあたりまえを疑い、そのありがたみを知ることが出来るのだ。
「ありがとう、次回の水道代が楽しみだよ」
濡れた髪のまま友人の家を出た。坊主頭の友人の家にはドライヤーもなかった。