しめきり

Fumitoshi Kato
exploring the power of place
5 min readSep 9, 2016

文章は、ひととおり書き終えたら、しばらく寝かせておく。ひと晩でもいいが、できれば数日あるといい。このパブリケーションは、“しめきりの10日後に「正式」に公開する”というやり方ですすめている。しめきりから公開までのあいだに、友だちに読んでもらって感想や意見を聞くのもいい。独りよがりは困るし、ことばが足りなければ、そもそも言いたいことが伝わらないかもしれない。

だが大切なのは、その前にじぶんで何度も何度も読み直すということだ。しめきりの後からでも(公開までのあいだは)修正できるということに甘えず、「完成」と呼べるものを期限までに仕上げなければならない。ひと晩でも寝かせておけば、もういちど新鮮な気持ちで、じぶんの文章に向き合うことができるので、あらためて文章の順序を入れ替えてみたり、細かい「てにをは」を変えたりする。その上で、しめきりに臨む。公開までの10日間は、(大幅な修正のためではなく)最後の仕上げのためにある。

数年前、本の出版企画を提案するために、ある出版社(担当者と面識はなかった)に原稿の一部を送ったことがある。残念ながら、企画そのものは(いろいろな理由で)受け容れてもらうことができなかったが、「文章を書くのを愉しんでいますね」というひと言をいただいた。「本にはできないけど、がんばってください」という、励ましだったのだろう。文章そのものではなく、ぼくの向き合い方についてコメントがあったのは、初めてのことだった。たしかに、愉しんで文章を書くことが多いが、なるほど、ぼくの「状態」が文章に表れるものなのだな、とあらためて実感した。没入しながら一気に書き上げる原稿も、指定されている文字数になかなか届かずに苦労する原稿もあるが、いずれにせよ、文章には、そのときのじぶんが映されているのだ。

余裕をもって作業をすすめておけば、しめきりの前にいちど寝かせて、文章の質を高めることができる。

文章を寝かせておくためには、段取りが必要だ。しめきりのある原稿の場合は、なおさらのこと。寝かせておく時間をきちんと確保しなければ、「やっつけ仕事」で仕上げたままの原稿を提出することになる。だから、しめきりの前に、じぶんで「節目」を設定しなければならない。余裕をもって書き上げて、少なくともひと晩は寝かせて、じぶんでもういちど読み直すという手続きがあれば、それなりの愛情と自信を込めて入稿することができる。それは、これまでのぼくの経験から確実に言えることだ。

しめきりがあたえられると、ぼくたちは、決められた日付や時刻のことばかり気にしてしまうのだが、しめきりは、人との約束なのだ。つまり、しめきりの向こう側には、かならず〈誰か〉がいる。だから、しめきりへの向き合い方は、その先にいる〈誰か〉に対する態度の表明だということになる。「遅れなければギリギリでもかまわないだろう」「とりあえず出しておこう」という書き手の「状態」は、そのまま文章に表れる。愛情と自信とともに送り出された文章かどうかは、読めばわかるはずだ。

しめきり後もまだ修正できることを知ると、「とりあえず」書き終えることで満足する。しめきりを守ることが目的化する。

しめきりを守らないと、成績が悪くなったり、報酬をもらえなかったり、わかりやすい形でペナルティが科されることが多い。当然、記事は掲載されない。そのわかりやすさのためか(ペナルティは、しめきりの威嚇的な側面を際立たせる)、「これから推敲するつもりです」「まだ荒削りですが」などというひと言とともに、「完成品」ならぬ「半成品」がやりとりされるようになる。こうした前置きで、(ひとまず)しめきりを守っておけば、ペナルティを逃れるという目的は達成できるが、胸を張って提出したものではないことを告白する。それは、じぶんを守っているだけだ。

しめきりは、プレッシャーになる。時には、期限に間に合わなかった言い訳を考えることもあるかもしれない。仕事の引き受け方も、課題への取り組み方も、無理なく計画的にすすめるように心がけたい。だが、忘れてはならないのは、しめきりがあたえられているということは、〈誰か〉とのかかわりがある証だという点だ。

しめきりのない仕事は、自由なように思えて、じつは孤独なものだ。しめきりに追われるのは、執拗にかかわりを求められているということだ。しめきりは、じぶんだけのためではなく、人とのかかわりのために守らなければならないものだ。(と、じぶんに言い聞かせる。)🐸

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Fumitoshi Kato
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