“Life in a bag” -カバンの中身から見えてくること-

Kana Ohashi
exploring the power of place
4 min readJul 9, 2016

かつて私が通っていたロンドンのフィルムスクールの授業で、“Life in a bag”という課題があった。 学校の近くの公園に行き、そこでくつろいでいる人にカバンの中身を見せてもらい、それについてのインタビュー映像を制作するというものだ。ファッション誌などで、「おしゃれ女子」や「デキる男」のカバンの中身に注目するという企画はよく見かけるが、私たちの課題では、そういう「イケてる人」ではなく、公園にいる「ふつうの人」のカバンの中身に注目することが求められた。

「雨の街」と言われることの多いロンドンだが、私たちがこの課題に取り組んだ5月は、太陽の下で新緑が輝く、暑くも寒くもない最高に爽やかな日が続いた。以前、ある友人が「世界で一番好きな場所は、5月のロンドン」と言ったが、その言葉に心から同意する。撮影のために訪れた公園では、本を片手に芝生に寝転ぶ、 ボールを蹴って遊ぶ、ベビーカーを押しながらゆっくり散歩するなど、人びとが思い思いに「5月のロンドン」を楽しんでいた。

私は、公園のすみで、ラジオから流れてくる音楽に合わせて体を揺らしていた、アフリカ系と思しき若い男性に声をかけた。彼はカバンらしいカバンは持っていなかったが、ショッピングセンターの袋をふたつ持っていた。ひとりでいたのに、とても愉快そうな表情をしていたので、思わず話を聞いてみたくなった。ビデオカメラを担いで近寄った私に、彼は「インタビューしたいの?」とご機嫌そうに応じてくれた。

「袋の中には、何が入っているの?」と聞いたら、彼は袋の中身を出しながら、聞いていないことまで、ラップを歌うようにとうとうと語り始めた。「94年に難民としてタンザニアからロンドンに移住した。昨日の夜、給料が入ったし、今朝、親から小遣いをもらった。だから、帽子もサングラスも服も靴も、 全部新しいのを買ってきた。さっき、この公園に来て着替えたところ。フレッシュな気持ちだよ。今晩は、友達とレストランでディナーを食べて、その後、女の子をナンパするよ。本当は友達も俺もシャイだけどね。この時期のロンドンは最高。そうだ、いつも持っているものといえば、タバコ。心臓が悪いのに、これだけはやめられない。それが俺、フセインだよ」

見せてくれた袋の中身は、 さっきまで身につけていた、年季の入ったジャケット、ズボン、靴だった。おろしたてのジャケットをまとったフセインは、誇らしそうに説明してくれた。

カバン(袋)の中身について説明する中で、フセインは、経歴、経済状態、健康問題、嗜好、家族や友人との関係、その日の出来事、その日の予定、その時の気持ちなど、多くのことについて語った。

カバンには、人の暮らし(Life)がつまっている。ふだんあまり意識することはないが、自分がカバンにつめこんでいるモノについて考えることは、自分とそのモノとの関係性に始まり、自分と周りの人との関係性、それらを含めた自分の暮らしのありようを見つめ直すことにつながるのかもしれない。そんなことを考えていると、映画『マイレージ、マイライフ』でジョージ・クルーニーが演じる主人公ライアンのことを思い出す。1年365日のうち300日以上、仕事のため全米を飛行機で移動するという暮らしを送っている人物だ。彼は、自分にとって必要不可欠なモノや人について考えることの重要性を説く。

“バックパックを背負ってる”と想像してください。中にあなたの人生の持ち物を詰めます。まずは棚や引き出しの小物など。重さを感じて。次に大きい物。服や電化製品、ライトやリネン類やテレビ。重くなってきました。さらにカウチ、ベッド、台所のテーブル、車も詰めて。家もです。ワンルームでも2LDKでも。全部それに詰めて。歩いてみて。大変でしょ?人生も同じ。我々は重荷で動けなくなってる。だが生きるとは動くことだ。バックパックが燃えたら何を取り出す?

私なら何を取り出すだろうか。

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Kana Ohashi
exploring the power of place

Ph.D. in Media and Governance. Associate Professor at Department of Communication Studies, Tokyo Keizai University.