破壊的イノベーションの先に

Ayako Shimatani
Fashion-Tech News
Published in
9 min readFeb 2, 2016

Clayton Christensen教授は、今月のHarvard Business Reviewでこのように発言していた。

“破壊”とはボトムアップの過程だ。小さくより資源の少ない企業が、既存の大企業を凌駕する過程の事を示す。既存企業は製品やサービスを最も要求の高い(最も利益の高い)顧客に向けに合わせるが、その際に一部の人たちのニーズは無視されてしまう。破壊的な新規参入企業はそういった見過ごされた人々に着目し、彼らに合った機能を(多くの場合)低価格で提供する。利益を追う既存企業はそういった小さな企業に危機感を抱く事はまずない。しかしその後、新規参入企業は更に市場を広げ、既存企業の顧客も満足するような製品やサービスのレベルに達する。そして既存企業を利用していた顧客が大量に新規企業に流れるようになり、そこで”破壊”が起こる。

しかし、Christensenの理論には2点、大きな問題点がある。

Christensenの説とは逆に、最近もっとも成功している企業はもともと高級市場でスタートしている。例えばAppleだ。

第一に、Christensenはすべてのイノベーションを破壊的と持続的のカテゴリーに分類できるとしている。

彼の破壊的技術理論によると、

破壊的なイノベーションは既存企業に軽視されるため成長しやすく、持続的なイノベーションは既存企業が取り入れるため、新規参入企業は潰れていく

という。

ここでChristensenはiPhoneを随分と軽視している事がわかる。iPhoneは明らかにNokiaなどの既存企業が取り入れようとするだろう、優良な製品だったではないか。

私が思うに、iPhoneは破壊的でも持続的でも無く、”陳腐的”だ。

陳腐的とは私が2013年に述べたように、

NokiaとBlackBerryの問題点は彼らの特徴 — 通話、メッセージ、メールの機能は多目的コンピューターの一部の機能に過ぎなかったという事だ。通話、メッセージとメールができるだけの単一機能的な端末はすでに陳腐なのだ。

陳腐化というのは、安価で単一機能的な製品が高価で多目的な製品に代替される事だ。そして陳腐化は破壊と同じくらいよくある現象なのだ。

という事だ。
“破壊”はボトムアップだが、陳腐化はトップダウンだ。

次に、Christensenは今だにモジュール型製品(Android)の競合と争う統合型製品のiPhoneは、長期的に失敗すると主張している。

Christensenは、モジュール化された製品は最高のデザインとUXを提供する事ができ、顧客は統合化された製品よりもモジュール化された最高の製品を求めるという。

しかし、現実に発表から8年経ったiPhoneは今もっともパワフルだ。今後の成長を疑問視する声もあるが、顧客がAndroidに乗り換えるとは考え難い。

AppleはChristensenの理論に新たな視点をもたらす事だろう。

また、Christensenが最新の記事で述べたUberについての見解も間違いだらけだ。

一方通行の”破壊”

私が述べたように、“破壊”とはボトムアップであり、Chiristensenは“破壊”は常に低価格帯で始まると述べていた。

高級市場による高いマージンと、顧客の高級志向化、更なるコストカットの難しさの3点が低価格市場への移行の障壁となっている。社内での商品開発会議において、”破壊的”な製品の提案は、高級市場向け製品の提案に負けてしまう。よりマージン率の低い製品を出す事に成功した企業こそ、繁栄する企業だと言えるだろう。

しかし、iPhoneは低価格化市場に移行した事は一度もない。

また、Christensenは、Uberはタクシーの代替では無いため破壊的ではないとしている。

Disruptiveなイノベーションというのは低価格/ニッチ市場を事業の足がかりとするものだ。しかし、Uberは低価格市場に事業機会を見出した訳ではない。なぜならば、既存のタクシー事業は多くの人のニーズに鈍感になっていた訳でなく、Uberも既存のタクシーを高いと感じ、利用しない人々をターゲットしていた訳でもない。UberはSan Franciscoで創業し、現にSan Franciscoの人々は頻繁にタクシーを利用する。

Uberは既存のタクシーより高値のハイヤーサービスから始め、3年後UberXでタクシーと同価格帯に進出し、現在は既存のタクシーよりも安いUberPoolというサービスを行っている。

このように、Uberは”破壊”の定義の真逆を行っているため、ChristensenのUberは破壊的ではないという理論も通る。

だが、Uberが市場に与えた影響は破壊的といえるだろう。UberPoolによる相乗りはタクシー市場を飲み込む大きさに膨れ上がり、既存のタクシー企業は顧客も、製品価値(この場合は認可されたタクシーに付けられるメダリオン。権利を購入しリースする事ができるため優良金融商品とされている)も失いつつある。そのため、Uberが持続的イノベーションであると安易な結論に至るのは大きな間違いだろう。

トップダウンによる集合化

Christensenが始めに破壊的技術理論について発表したのは20年前だ。その当時はこれが、最高の経営理論だった事だろう。

Christensenは、”破壊”された側の企業の経営者の反応は、論理的だったとしている。

論理的で分析的な経営を行っている企業では、既存の市場や顧客向けの資源を小さな市場やマイナーな顧客に向けて利用する事はあり得ないだろう。既存顧客のニーズに沿い、競合を弾く事で既存企業は精一杯だ。

つまり、既存企業の考えとはこういうものだ。

Christenenの理論による既存企業の意思決定

ある顧客が増えるたびコストがかかる。限界費用と、他の顧客を選ばなかった機会費用だ。だからこそ、最も収益性の高い顧客に集中する事は企業にとって論理的な選択であるとChristenは言うのだ。

しかし、これを完全に覆す事が20年前に起こった−インターネットの登場だ。

インターネットは”破壊”も、取引に必要な経費も無料化した。そして、今や、新規顧客の限界費用も機会費用もゼロという事もありえる。

このようにして、一部の企業が高級市場に向け、より高品質なものを提供し、その他の企業が低価格市場に向けまぁまぁの製品を提供するのではなく、ひとつの企業がすべての人に向けた製品を販売するようになった。そして高品質な製品とまぁまぁの製品ならばもちろん高品質なものが勝つ。

だからこそ、長期的に市場全体を掌握する事を念頭に入れれば、低価格帯で始めるよりも、高価格帯で始める方が有利なのだ。インターネット時代において高品質なエクスピリエンスを提供するには先に多大な固定費用がかかる。顧客ごとの固定費用は顧客が増えれば増えるごとに小さくなるため、顧客ベースが小さい間は大きな負担だ。だからこそ、より多く支払う事が想定される高級市場の顧客から始め、その後、より下層向けに価格を下げた製品を展開し、スケール拡大により顧客ごとの固定費用を追い追い下げていくべきなのだ。

Uberの戦略

まさにこれが、Uberのやった事だ。同社は初期に根幹となるテクノロジーを発展させ、既存タクシー会社と比較して、高級市場向けに高価格帯で高品質な製品を提供した。しかし、その後全く同じテクノロジーを利用してより低価格でより大きな顧客ベースに向けたサービスを展開。しかもその新たな顧客ベースの限界費用はゼロだ。

破壊的技術理論の破壊

破壊的技術理論は経営理論の最高位”だった”のだろう。

しかしGoogle, Facebook, Amazon, Netflix, Snapchat, Uber, Airbnbといった多くの新しい企業は、低価格帯の顧客向けにサービスを展開するのではなく、高品質な体験を高層市場の人々に提供し、少しずつ顧客層を下層に広げる事で顧客層を拡大し利益を拡大させた。つまり、Christensenの理論自体も、自身の理論通り、”破壊”されたという事だ。

また、既存企業は20年前よりも危機的状況にあるだろう。コスト的に考えれば高級市場と低価格市場との違いが無くなりつつあるからだ。つまり、高品質なエクスピリエンスとスケール拡大能力が今企業にとって最も重要なスキルだ。それは、ディストリビューションの支配と顧客の区別に力を入れてきた既存企業にとって不得意な分野だ。

勿論、破壊的技術理論が完全に当てはまらないというわけではない。Christensenは、iPhoneは他の電話を”破壊”していないが(陳腐化したのだ)、iPhoneはPCを破壊したと述べている。

そして、同様にUberはタクシーを”破壊”してはいないが(集合化している)、今後自動車業界を衰退させる可能性があるだろう。

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