プロデューサー・ 山納洋さんインタビュー

六甲山カフェ
大阪・扇町ミュージアムスクエアの運営や、カフェ空間のシェア活動「コモンカフェ」などを手がけてきたプロデューサー、山納洋さん。彼に、カフェ経営に関する新刊を中心に、さまざまなプロデュース活動についてうかがった。 (学芸カフェ2012年10月号より 再構成/掲載)
カフェという場のつくり方: 自分らしい起業のススメ (著)山納洋、学芸出版社、2012年8月

— — — -まずは、『カフェという場のつくり方: 自分らしい起業のススメ』を書かれた動機を教えてください。

山納: もともとは「カフェをやりたいひとに伝えておきたいこと」といった感じのタイトルで書いていました。2000年前後のカフェブームの時期から、カフェ経営の指南本はたくさん出ていましたが、パターンはだいたい決まっていました。たとえば、先輩オーナーがどんな店をつくったか、事業計画書の書き方、コンセプトの作り方、ウェブサイトでの客の引きつけ方、キラーメニューの作り方、などです。失敗談を書いているものも少しはありましたが、いわゆる「残念なお客さん」が出入禁止になるケースなどで、今回の本に書いたような内容を扱っているものはありませんでした。カフェ経営を2、3年やっている人なら何となく知っていることが、書かれていなかったんです。

— — — 自己表現や「ロマン」だけでは、店の経営はうまくいかないということですね。

山納: ロマンチストでお店をやる人はわりと多くて、ロマンしか考えていなかったために失敗をするというひとも沢山みてきました。鄭永慶が手がけた日本で最初の喫茶店もそうでしたし。ここ最近の例でも、立地にそぐわないコンセプトのカフェがすぐに閉店してしまったケースなど、山ほどあります。ロマンチストでいいから、これだけは知っておいて欲しい、ということを伝えておきたかったんです。

— — — 歴史的あるいは社会学的な視点からみたカフェと、現場の話の両方が描かれているので、資料としても、また、読み物としても面白い本になっているとおもいます。取材であちこちのお店に実際に行かれていますが、苦労も多そうです。

山納: あたりはずれで言うと、当然、「はずれ」の場合もあります。ただ、ぼくが実際の店に行くポイントが2つあるんです。ひとつは、どんな経営をしているか、にフォーカスしてみること。もうひとつは、その街の眠っている歴史を、喫茶店の店主から聞きだしてくる、ということです。どちらもぼくのライフワークみたいなもので、少なくともどちらかでいい情報が得られることが多い。2つあると、「打率」は上がるんですね(笑)。たとえば、「何年やっているんですか」と聞いてみたら、「36年やってるよ。最近はダメだけど、昔はこのへんには港湾労働の人がたくさんいてね……」なんて話が聞けたりするんです。あとは、店の様子を眺めながら、いろんなことを読み取っています。
 芝居をずっと見てきたので、芝居や作品を見るように店を見ているんです。社会学でもありながら、作品を見ている感じ。ある店では、ぼくが入っていくと、集金の人だと勘違いをしたようで、ぼくにお金を渡そうとしたんです。一見さんのお客さんは滅多に来ないんだな、と思いました。あるいは、お店にカランカランと入っていくと皆がこちらを珍しそうに見てきたり。ドラマのなかに入っていった気分で、それが面白いですね。

common cafe(コモンカフェ)―人と人とが出会う場のつくりかた (著)山納洋
西日本出版社、2007年5月

— — — 副題に「起業のススメ」とありますが、カフェ経営者以外への示唆も意識されましたか?

山納: カフェにフォーカスしたつもりですが、エッセンスは似ているところがあります。5年前の本『common cafe(コモンカフェ)- 人と人とが出会う場のつくりかた』に「自分軸と他人軸」、つまり、自分がやりたいことと他人がやってほしいことの折り合いについて書きました。「ライスワーク」(お金を稼ぐための仕事)と「ライフワーク」(自分がやりたい仕事)、と言ったりもしますが、こういったバランスのことは、カフェのオーナーだけでなく、クリエイターも当然考えていますから。

— — — いまの社会や働き方の動向とつながる話もありますね。

山納: たぶん、これから小商いをする人、つまり自分ひとりが何とかやっていけるくらいの規模のビジネスをやるひとは増えるだろうな、と思っています。飲食でもクリエイターでも、経済的には成立しにくい状況にどんどんなっています。カフェブームのときには、月商数百万といったカフェがたくさん紹介されていました。それがいまは、月商目標80万といった感じのものが紹介されていて、どんどん小さくなっている。カフェオーナーがカリスマや実業家のように評価されていた時代に多くの本が出ていましたが、カフェという場の作り方について考えると、実業という意味では大した魅力がない世界になっています。駅近でオオバコの物件でアルバイトを使って、といった方法でないと、大儲けは難しくなっています。そういう状況の中で、周回遅れみたいなテーマでこの本があるんです。観光地で儲かっていたにもかかわらず店をやめた人の話も書いていますが、カフェのオーナーもクリエイターも、ビジネスと自己表現の微妙なバランスのうえに自分の身を置こうとしているんだと思います。コンサルの人たちが、そういう微妙なバランスを知らずに「人気店になるには」といった感じの本を出すのはちょっと違うのかという気がしています。小商いであったり、地方であったり、いまの時代の関心の方向、生き方のバランスがあるんだと思いますね。

— — — ヘミングウェイの「カフェ的生活」の話もありましたが、カフェには、その場から広がっていくものの可能性がありますね。

山納: 飲食業としてのカフェの「強さ」としては、「常連客商売になれる」、「特定少数の客でもまわる」、といったことが挙げられます。でも、特定少数の客でやっていて「○○ちゃん、今日は来ないねえ」といった状況よりも、その場に誰だか分からないひとがまじったり、セッションのようになったりして、店がはやる以上のことが街で起こる、という状況に関心があるんです。飲食自体への興味よりも、触発されて何かが起こるという現場に興味があります。そこにはすごく可能性があると思います。

コモンカフェ

— — — 山納さんの子どもの頃について聞かせてください。

山納: 物を集めるのが好きでした。石、切手、古銭、キーホルダー、などを集めました。何かへの思い入れが強くなるタイプだったと思います。感化する、というのか、まわりでも石が好きになるひとが出てきて、3ヶ月くらいで飽きたと伝えると怒られました。人を道連れにしておいてなんだ、と(笑)。飽きて別の物に関心がいき、また戻ってくる、という感じでした。
 そういえば中学校ではサッカー部と地学研究部で鉱物採集をしていたんですが、それ以外に「よろずの会」というのを組織していました。部活などとは関係なく声をかけて、廊下を何秒で走れるかを競ったり、土曜日の放課後に学校裏の六甲山の水場まで行ったり、2時間バラバラに動いて、体験したことを後で語り合う、なんていうことをやっていましたね。10人くらいでしたが、そんなことを面白がるメンバーで何かをやっていた。
 サッカーでは、ゲームのなかでパスをどうつなぐかということが面白くて、「中盤好き」でした。こういうタイミングでボールが来て、こういうひとがいるからパスを出して、というようなことに興味があって。いまやっているコラボレーション的なことにも似ています。頭の使い方や、アドレナリンの出方が近いです。

— — — 今後のビジョンについてお聞かせください。

山納: 仕事としては大阪ガスでラジオドラマをつくったり、デザインプロデュース向上委員会で『残念サン』という漫画を作っていたりするのですが、面白いと思えるコンテンツを、力をもったひとたちと一緒につくることに興味があります。立場としては大阪ガスの社員なんですが、クリエイターという自負を持って仕事をしています。クオリティの高い仕事をしたいですね。「場」というところにも、かえってくるだろうなとおもっています。自分自身が何かを作りたいという衝動欲求と、自分がいなくても皆が何かを創れるようになる場をつくりたいという両方の気持ちがあります。

(学芸カフェ2012年10月号 より再構成/掲載)

(聞き手/牧尾晴喜)


山納 洋
1971年兵庫県生まれ。プロデューサー。
1993年大阪ガス入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、メビック扇町、大阪21世紀協会での企画・プロデュース業務を歴任。2010年より大阪ガス近畿圏部において地域活性化、社会貢献事業に関わる。一方でカフェ空間のシェア活動「common cafe」、「六甲山カフェ」、トークサロン企画「御堂筋Talkin’About」などをプロデュースしている。著書に『common cafe―人と人とが出会う場のつくりかた―』(西日本出版社、2007年)、『カフェという場のつくり方―自分らしい起業のススメ―』(学芸出版社、2012年)。

(*プロフィールはインタビュー当時のものです。)