日本酒ソムリエ・ 菊谷なつきさんインタビュー

日本酒の文化や歴史を伝える「日本酒のソムリエ」として、世界を舞台に活躍している、菊谷なつきさん。彼女に、海外で日本酒の魅力を伝えていくという仕事の内容や、その面白さについてお話をうかがった。(学芸カフェ2015年5月号 より再構成/掲載)
WSETでのレベル3日本酒講座 2014年7月に開設されたワイン教育機関WSETの日本酒講座の試験講座での様子。英国・日本のメディアや日本酒関係者の方々が参加

— — — -菊谷さんは、文化や歴史も含めた日本酒の魅力を、イギリスをはじめとする海外に発信されています。いわゆる「橋渡し」のお仕事で、橋の両側、つまり日本と海外での日本酒に対するイメージってかなり異なると思うんですが、いかがですか?
菊谷:日本にある日本酒とイギリスにある日本酒が全然違うかっていうと、全く違うわけではないですし、軸はそんなに変わらないです。ただ、「前提条件」がそもそも違うっていうところが非常に大きいです。日本人にとってみたら、日本酒というのは、醤油や味噌と同じように、日々近くにあるものですよね。ところが、ヨーロッパや欧米では、全くわけの分からないものというか、少なくとも、身近なものではないんです。彼らにとってワインやビール、蒸留酒といったものはカテゴリーとして確立されていますが、全く新しいものとしての日本酒を、ゼロから、たまにはマイナスからスタートして解説していく必要があります。「マイナス」というのは、たとえば、アルコール度数がすごく高い飲み物だとか、二日酔いする飲み物だとか、熱燗でしか飲めないだとか、そういった間違ったイメージを持たれていることもあるんです。だから、私たち日本人でも忘れがちですが、そもそも麹(こうじ)ってなんだっけとか、日本酒ってなんだっけっていうところをきちんと語る必要があります。また、「ヨソの文化」っていう形で終わってしまわないよう、現地の食文化を理解したうえで日本酒を伝えていかないといけません。

ジャパニーズ・ウイスキーバーでの日本酒セミナー。毎年開催されるロンドンのカクテルの祭典「London Cocktail Week」の一貫で、バーテンダー向けに日本酒講座

— — — -日本酒の初のオンライン季刊誌『MUSEUM OF SAKE』を立ち上げられました。目的や、特に工夫された点は?
菊谷:歴史と未来、その両方を表すような雑誌にできればと考えています。日本酒についての豆知識やエピソードから、ニューヨークやロンドンの酒バーで日本酒がどういう風に飲まれていったかっていうような話まで、いろいろと紹介したいです。2500年ぐらいあるって言われている日本酒の歴史、そのすごい長い歴史の厚みだったり、歴史の流れの中で進化・発展してきた日本酒っていうものを、きちんと何かしらの形で海外に発信したいです。また、日本酒が日々進化してグローバル化されていく、世界の様々な国で受け入れられて新たな文化をつくっていく、といった日本酒の未来のような部分も描けるものがあるといいなと。 それと、元々『MUSEUM OF SAKE』のサービスを立ち上げたときのテーマのひとつが「Taste the Art of Rice and Water」なんです。お米と水からつくられた技術やアートを味わう、日本酒ってそういうものなんだろうなと感じます。ここでの「アート」っていう言葉の中には、地域・文化・歴史といったものが詰まっています。そういうものは、知識やウンチクだけでなく、やっぱり感覚を通して得られるものだと思うんです。たとえば、実際に酒造りを行なっている酒蔵を訪ねると、日本酒の世界観がぎゅっと迫ってくるんですよ。朝一番の寒いとき、特に東北なんかだと雪が積もっているなかで、お米が蒸し上がって煙がもくもくと出ていて、ご飯が炊けるいい匂いがして、蔵人さんがてきぱきとお米を運んでいて……っていう、蔵の中に流れる息づかい。そして、毎日、蔵人さんが神棚にお祈りをしてから酒造りの仕事を始める神聖な雰囲気。雑誌やウェブ上ではなかなか難しいですが、そういう世界のことをなるべく知っていただきたいという点で工夫をしています。私自身、実家が酒造りをしていたというきっかけはありますが、日本酒に惚れ込んだひとつの理由は、やはり日本酒の蔵の雰囲気だったり世界観だったので。

— — — -オンライン季刊誌『MUSEUM OF SAKE』は日本語と英語のバイリンガルですね。日本酒というテーマが非常に日本的なものだけに、意識されたことなどはありましたか? 
菊谷:日本酒について日本語で語るだけでなく、英語という「他の言語」を通すことで、客観的・第三者的に見ることができるようになったりします。だから、日本酒ってなんだろうっていうことについて、英語でいろんな側面から語ることで、私たち自身も、日本酒の文化っていうものを再解釈することができるんじゃないでしょうか。

在英国日本大使館での日本酒レセプション。天皇誕生日式典にて、被災地の日本酒ブースにてサケソムリエを担当
サケカクテルコンペティションイベント。英国最大規模のJ-POPカルチャーイベント「ハイパージャパン」にて、日本酒を使ったサケ・カクテルコンペティションの審査

— — — -この仕事をしていてよかった、と感じる瞬間はどういうときですか? 
菊谷:日本酒の世界って、日本でも海外でも全く同じで、情熱で動いていると感じます。もちろん、ビジネス的な要素や堅い部分もありますが、携わっている人たちが根本的な部分で日本酒を大好きで、それがバトンとして受け継がれていくような。ロンドンのレストランでは、「酒ソムリエ」として、いかに日本酒文化というものを根づかせるかということが重要だったんです。でも、私ひとりが「日本酒」と連呼していても、誰も聞いてもくれないんですよね。他のスタッフが「僕もこのお酒が好きだよ」だとか、マネージャーが「このお酒とこの食べ物がとても良く合うね」と言ってくれたり、お客さんが「君が進めてくれたお酒が本当においしかったよ」って言ってくださったり……。私が酒ソムリエですが、そういうふうに皆のつながりで日本酒が広がっていくことで、お店のスタッフ全員が日本酒を売ってくれるっていう状況をつくってくれて、1年で2倍にも3倍にも売り上げが伸びることができたんです。そのバトンを繋いでいる瞬間というのは、自分の中でも、ものすごくやりがいがあります。こういう、何かに取りつかれるとか感動するとか、恋に落ちるみたいな感覚は嬉しいですし、世界各国どこも共通なのかなと。

飲食店従業員向け日本酒トレーニング。日本酒販売をしている飲食店のソムリエや従業員の方々に向けて、販売向上のための日本酒の教育研修

— — — -どんな子どもでしたか? 
菊谷:子どもの頃は食いしん坊でした。「でした」っていう過去形じゃなくて、まあ、今もそうなんですけど(笑)。 うちの母方のおばあちゃんが、すごい食いしん坊なんですよ。私は秋田で生まれ育ったわけじゃなくて、おばあちゃんおじいちゃんに会いに秋田に行くっていう感じだったんですが、毎回、訪問の一週間前、下手したら一ヶ月前ぐらいから電話で「秋田に来たらお昼は何食べる?夜ご飯は?次の朝は?」って、すごく楽しみに計画して待ってくれていて。食べ物で人を喜ばせるっていうのがすごく好きなおばあちゃんで、そういう意味では、私も小さい頃から食べ物を通して喜びを感じるというのがすごく好きでした。いまやっている、お酒の世界の仕事に通じているのかなとも思います。あと、好奇心が非常に強い子どもでした。外の世界ってどうなってるんだろう、自分の国、日本という国の外ではどんなことが起こってるんだろう、っていうことに常に興味がありました。英語を勉強して世界に旅に出たいとか、海外に行って勉強したいとか、外へ外へっていう想いは昔から強かったような気がしますね。

ロンドンオリンピック会期中のNバー。ロンドンオリンピック会期中に一ヶ月限定でオープンした、中田英寿さんプロデュースの日本酒バーのサポート

— — — -今後の目標を教えていただけますか。 
菊谷:ひとつは大きめの夢なんですが、日本酒の世界観や分化・歴史が全部つまったような場所・空間をつくれたらいいですね。日本酒の美術館っていうものにはならないと思うんですが、酒バーなのか酒ショップなのか、何か、空間として酒のコミュニティセンターになるような場所があるといいな、と。もともと、いまの『MUSEUM OF SAKE』を立ち上げた背景には、そういう場所をつくりたいという想いがあります。 もうひとつは、これからも進化し続ける日本酒について、世界というフィールドでお手伝いしていきたいです。最近は日本酒に興味を持って製造したいっていう話も結構あって、イギリスでも2015年に2つの酒蔵が開くんです。そうやって、イギリスでできた日本酒を好きになってもらって、それから日本のお酒を飲んでもらうっていう流れもつくれるでしょうし、いろいろなサポートをしていきたいです。

(学芸カフェ2015年5月号 より再構成/掲載)

(聞き手/牧尾晴喜)


菊谷なつき
日本酒ソムリエ。1982年、千葉県生まれ。 
母方は秋田の酒蔵、父方は富山のお寺という家庭に生まれる。 
大学卒業後、人事経営のコンサルティング会社で勤務後、2009年から日本酒の世界へ。東京の有名酒屋にて半年間修行した後、英国・ロンドンのZUMAにて日本酒のソムリエを経て、姉妹店のROKA二店舗のヘッド日本酒ソムリエを3年半務める。 
2011年の「日本酒貢献者賞」(酒サムライとインターナショナル・ワイン・チャレンジ)などの受賞歴あり。 
日本酒のPRや教育を中心とした事業『Museum of Sake』を、ロンドンをベースに展開している。

(*プロフィールはインタビュー当時のものです。)