編集者・ 米田智彦さんインタビュー

フリー編集者・ディレクターとして出版やソーシャルメディア関連をはじめ、さまざまな話題性のあるプロジェクトを展開している、米田智彦さん。彼に、「デジタルデトックス」をテーマにした書籍や「ノマド・トーキョー」などこれまでのプロジェクトについてうかがった。 (学芸カフェ2014年2月号 より再構成/掲載)
デジタルデトックスのすすめ 「つながり疲れ」を感じたら読む本 米田智彦(著) PHP研究所

— — — -著書『デジタルデトックスのすすめ 「つながり疲れ」を感じたら読む本』についてうかがいます。バランスを取りながらデジタル環境とうまくつきあっていく方法について書かれていますね。どんな問題意識があったんでしょうか?
米田: ここ数年、「情報の民主化」とよく言われますけれど、今まで一定の人しか持たなかった、情報発信や知ることの権利のために使えるツールとしてデジタル機器が広まっていくのはすごくいいことだと思います。ただ、一方でその負の側面というか、道具であるデジタルツールに使われるような状態になってしまっているときもあると感じるんです。
 たとえば、スマートフォンのアラームで目が覚めて、眠たい目で夜のうちに来ているメールをチェックして、電車でもスマホを見て、会社でパソコンをやり、仕事が終わって誰かとご飯に行っても電話やらメールやらソーシャルメディア(SNS)やらをやり、家に帰ってもパソコンを見て、もしかするとベッドに入った後もスマホでSNSをやってる、なんていう人は割と多いんじゃないかと思うんです。実はぼくもそうですけどね(笑)。
 でも、そういう生活がつづくと、目の前の光景を楽しんだり、じっくりと時間をかけた体験ができなかったり、リアルなものをちゃんと感じる能力が弱くなってきている気がしていました。情報が過剰に増えている時代なので選択肢はどんどん増えるんだけど、主体的に何かを選びとっていくというよりは、選ばされてる、買わされてる、やらされてる、といった感覚が強くなっていて、このまま突き進んでいくのはまずいよな、と。

— — — 米田さんはご自身で1ヶ月間、本格的な「デジタルデトックス」を実施されました。いかがでしたか?
米田: 単純に気持ちがよかったです。仕事があるので、1日に2回だけはメールを確認してもいいっていうルールにしました。Facebookで連絡くれる人もいるので、背景画像に「いまSNSを断っていますのでご連絡はメールで」っていう文章を書いて載せていたんです。
 その1ヶ月で、ネットサーフィンとSNSでいかに時間を浪費していたっていうことに気づきましたね。たとえば海外の翻訳文学とかは分厚いので、スマホやパソコンのネットがつながっている環境だと、なかなか最初から最後までその世界に入りこんで読めなくなっている自分がいるんです。このデジタルデトックスの期間には、そういう長い文学作品をちゃんと最初から最後まで読み通せたりとか、あとは積極的にオフラインのアウトドアの時間を設けて登山や、滝に打たれたりしました。それまでだったらそういうこともすぐにSNSに写真付きで投稿していたと思うんですが、自分がやってることを誰かに伝えたりPRするわけではなくて、その瞬間を味わうことに集中して、鈍ってた身体感覚を呼びおこした感じです。

僕らの時代のライフデザイン 自分でつくる自由でしなやかな働き方・暮らし方 米田 智彦 (著) ダイヤモンド社 (2013/3/15)

— — — 米田さんが「デジタルデトックス」に興味をもたれたのは、2011年の生活実験プロジェクト『ノマド・トーキョー』がきっかけだそうですね。著書『僕らの時代のライフデザイン』でも詳しく書かれていますが、このプロジェクトについて教えていただけますか?
米田: 『ノマド・トーキョー』は約1年間にわたって、仕事をつづけながらスーツケースひとつで、遊牧民のように東京で旅をするように生活するというプロジェクトでした。ソーシャルメディアが流行し始めた頃で、いろいろな人の縁をたどって、情報の交換で生活自体が成り立っていくという、旅芸人みたいなものでした。昼はカフェや取引先のオフィスをお借りして原稿執筆や打ち合わせを、夜はSNSで知り合った人のお宅やシェアハウス、ゲストハウスなどを泊まり歩いたんです。SNSやインターネット、そしてノートパソコンやスマホといった持ち運びが簡単なデジタル機器で可能になった生活を自分でとことん追求してみようという試みでした。

— — — 困られたことは?
米田: 2011年の1月から始めたプロジェクトだったので、やはり寒さで体力的に大変だった時期や、座椅子を倒して寝たりしていて体が痛くなったことなんかはありました。オープン前の巨大なシェアハウスにモニターとして泊めてもらったときには、布団だけでは寒くて新聞紙も体にぐるぐる巻きにしたんですが、それでもガタガタ震えていたり。
 あと、人間関係で困ったことはなかったか、とよく聞かれるんですけど、意外とそれはなかったんです。その当時はTwitterも今ほど浸透していなかったこともあり、情報リテラシーが高いひとやユーモアの感覚があるひとが企画にのってくれたんだとおもいます。「人間バトン」みたいな感じで次から次へといろんなところに泊まり歩くような日々でした。

『ノマド・トーキョー』では初めて会った人にもすぐわかってもらえるように、黒いトランクにハットというスタイルを変えずに移動生活を続けた。

— — — まさに東京という街自体をシェアしていた感じですね。
米田: 「ノマド・トーキョー」を通じて、東京ならではの利点に改めて気づくようになりました。段々と生活者の視点から旅行者の視点になってきて、このホテルは23時以降にチェックインすると3,000円で泊まれるんだとか、コインシャワーっていうのがあるんだとか、こんなところにコインランドリーがあるんだとか、銀座のど真ん中に銭湯があるんだとか、ここだとWi-Fiが繋がるとか。世界中でもこういう高機能な、巨大なコンビニのような都市は東京しかないだろうなって思いました。

— — — 興味深いプロジェクトを次々と手がけておられますが、新しい物事に対するアンテナの広げ方など、普段から意識されていることはありますか?
米田: ぼくの場合、タイトルとかキャッチフレーズが浮かぶのが最初というか、言葉が決まると残りは逆算的に決まってくるようなところがあります。それは多分、ぼくが編集者だからなんでしょうけれどね。
 何かを決めるっていうのは結局のところ、思考を凝固するというか、一番大事な部分をパッっと思い浮かべるというイメージです。それができたら、あとはいろいろなことが派生してついてくる。だから考えすぎると、つい付け足してしまって複雑になっていって、最初の衝動、ピンときたことから外れていくと思うんです。もちろん、そういう方法で失敗するときもありますけどね(笑)。

— — — 米田さんの子どもの頃がどんなだったか、教えていただけますでしょうか。
米田: ガキ大将とか学級委員長みたいなタイプではなかったです。まとめ役っていうわけではなくて、どっちかっていうと……あ、ひとつエピソードを思いだしました。小学校低学年のころに遊びで釣りをしたんですが、皆で一緒に釣りをしてると少ない魚の取り合いみたいなもので、なかなか釣れないじゃないですか。それで、一人で自転車で15分か20分くらい行って、茂みのなかにある小さな沼を見つけたんです。今考えるとちょっと危ないですけどね(笑)。で、入っていって網ですくってみたら、ナマズがたくさんいたんですよ。「これはすごい!」ということで、次の日に学校で友達に「秘密の場所があるんだ」と披露したり。小学校や中学校のときは、お金も車もないから、校区というか、その土地に行動範囲が縛られてるじゃないですか。そこをちょっと外れて、面白いお店があるよとか、ちょっとこう、エリアから外れて面白いものを見つけてきて、みんなを喜ばせるみたいなタイプでしたね。そうそう、今正月に実家に帰ったときに、うちの弟に「兄貴がやってることは昔と何も変わってない」って言われました(笑)。

— — — 今後、どのようなお仕事をしていきたいとお考えですか?
米田: マーケティングにしろ商業利用にしろ膨大なデータからいろいろ読み取るんだっていう方法論も一方で進んでいてそれも大いに利用しながら、でも、最終的には自分がどう感じるかっていうのも大事にしていきたいですね。みんなが良いと言ってるけど現場に行ったらつまらなかったってことや、グルメサイトでの評価は低いけれど美味しい店だったっていうこともあるだろうでしょう。ぼくたちは何でも知っているように社会を生きていますが、知らないということを前提に、いろんな場所に行ってみたり感じたりすることが大切なテーマになってきています。それは今回の『デジタルデトックスのすすめ』にも繋がっているんです。
 これからは、「スマホが小学校の頃からあった」だとか「幼いころからタブレットパソコンに触れてきた」っていう世代が大人になっていきます。そういうときにリアルとバーチャルの境界がどういう風に人の認識を変えていくかってことに興味があるんです。別にアナログ礼賛やデジタル批判ということではなくて、バランスですね。テクノロジーの魅力や進化は人生を面白くするものだって思うし、テクノロジーを使いながら人とどうコラボレーションできるかということを考えています。結局、生身の人間が一生涯、自分の人体を引きずって、目や耳で、五感で生きるっていうことは変わらないと思うので、ネットで繋がった今だからこそ現場に行くことや人に会いに行くことの重要さや面白さを改めて感じています。

(学芸カフェ2014年2月号 より再構成/掲載)

(聞き手/牧尾晴喜)


米田智彦(よねだ ともひこ)
1973年福岡市生まれ。編集者。
青山学院大学卒業後、研究機関、出版社、ITベンチャー勤務を経て独立。フリー編集者・ディレクターとして出版からウェブ、ソーシャルメディアをつかったキャンペーン、プロダクト開発、イベント企画まで多岐にわたる企画・編集・執筆・プロデュースに携わる。
2005年より「東京発、未来を面白くする100人」をコンセプトにしたウェブマガジン「TOKYO SOURCE」を有志とともに運営。数々の次世代をクリエイトする異才へのインタビューを行う。2011年の約1年間、家財と定住所を持たずに東京という”都市をシェア”しながら旅するように暮らす生活実験「ノマド・トーキョー」を敢行。約50カ所のシェアハウス、シェアオフィスを渡り歩き、ノマド、シェア、コワーキングなどの最先端のオルタナティブな働き方・暮らし方の現場を実体験。2013年、その内容をまとめた『僕らの時代のライフデザイン 自分でつくる自由でしなやかな働き方・暮らし方』(ダイヤモンド社)を出版。共著に『これからを面白くしそうな31人に会いに行った。』(ピエ・ブックス)、『USTREAMビジネス応用ハンドブック』(アスキー・メディアワークス)、編集・プロデュース作品に『混浴温泉世界 場所とアートの魔術性』(河出書房新社)、『マイクロモノづくりはじめよう 「やりたい!」をビジネスにする産業論』(テン・ブックス)、『セカ就! 世界で就職するという選択肢』(朝日出版社)等がある。

(*プロフィールはインタビュー当時のものです。)