鉄砲鍛冶の名残り漂う、堺の研ぎ工房 前編

「活況に沸く刃物業界に生まれたデザイナーとのものづくり」

日本食がユネスコの無形文化遺産遺産に登録されたことで、「食」以外にも盛り上がりをみせている業界がある。そのひとつが刃物だ。

取材に訪れた工房のある界隈はかつて堺の鉄砲鍛冶が軒を連ねた場所であり、鉄砲の試射場も近くにあったそうだ。最寄駅である南海本線の七道駅の住所はなんと鉄砲町である。

千利休を知らない日本人はほぼいないだろう。堺は利休ゆかりの地として安土桃山以降、茶の湯に深く通じるだけでなく、実は刃物の一大産地でもある。この日は、八内刃物製作所の二代目にあたる八内靖夫氏と、三代目になる八内剛志氏が取材に応じてくれた。

ものづくりに携わる方、海外進出や世代継承などに興味を持っている方にぜひご一読いただきたい。

左:二代目 八内 靖夫氏 / 右:三代目 八内 剛志 氏

7,8割が海外からの需要!?今、密かに活況の刃物業界。

【三代目/八内剛志氏 以後 剛志氏】 「何だろうな、和食が世界無形文化遺産となったあたりから、海外での和食ブームがおこっているのか、堺でつくっている包丁の半分が海外に出ているというんですよね。で、残りの半分のうちの、またその半分が海外から来た人がお土産で買っていくというんです。」

【二代目/八内靖夫氏 以後 二代目】 「結局今、いわゆるつくる職人というのがもう年々減ってきていますでしょう。こういう鍛冶屋さん、刃物、刃つけ屋さんというのが、もうだんだん減ってくる一方ですよね。そこへこういうブームが来たものですから、これはもうほんとうに大変なことなんです。」

【剛志氏】 「問屋の中にも海外としかやっていないところが何社かあったりするんですよね。東京オリンピックぐらいまでは続くのかなと、日本中どこも忙しいという、刃物業界の流れが。この間も、生地を注文してから3カ月ぐらいかかったといってましたね。」

生地の鋼の手配にはじまり、八内さんのような研ぎの工房、そして、柄。刃物の製造工程はいくつにもわかれるが、そのはじまりからして、中々今までのようにはいかないようだ。


地場産業の振興!行政もバックアップする中での新プロジェクトがはじまる

活況にわく刃物業界だが、八内刃物製作所の新たな取り組みはそれ以前からはじまっていた。2012年度「大阪製」ブランドにも認証された「コンパクト和包丁 YAUCHI」がそれだ。

【剛志氏】 「僕が会社をやめて家業に入る前に、役所から「大阪製」ブランドとしての支援の話しがあって、行政も地場の育成事業として何か芽がないかを探していたようです。そんな中、新しい商品をつくりたいという話しの中で、杢保順也さんを紹介してもらうことになりました。で、僕がそこから家業に従事するようになったんです。」

【二代目】 「それまでは、家内と私でやっていたのですが、コンパクト和包丁みたいものをつくりたいなという話しもあって。そうしたらちょうど堺市の方から紹介の話しも来たんです。その時に、息子がやると言い出したんですよ。それで新しい商品だから、これは一度、息子に任せてやるかということになったわけですよ。」

話しを聞いていると、どうも二代目の靖夫さんも新しいことにチャレンジしたかったようだが、息子に任せ切ったところに親心を感じるエピソードだ。一方、それは三代目の剛志さんにとってもよいランディングになったに違いない。京都で職人の取材をしていてもそうだが、親の仕事にそのまま身を浸すというのは摩擦の起きやすい現場になるわけで、家業でありつつも、新しいチャレンジを通してというところが良かったのではないだろうか。

【二代目】 「柄と包丁自体の、アウトラインとか、サイズとかもいろいろ話し合って、で、今のサイズに決まったり。デザイナーさんはいろいろなこだわりとかがあるので、杢保さんはつくり手のことも考えてくれていたんですけれども、なかなかうまいことできない部分もあったんですが、何とかおさまったという感じですけれどもね。」

工芸品にも色々なものがあるが、デザイナーがいて職人がいるというよりは、つくる人がそもそも形自体もデザインしていくケースも多い。今回のようなデザイナーとの協業において、何を面白みとして感じたのだろうか。

【剛志氏】 「杢保さんがいろいろ提案してくれて、やっぱりつくっている側との目線が違うので、いろいろな角度から見てくれているんですね。すごいためになって、勉強にもなりました。」

【二代目】 「昔からの考えがある中で、新しいデザインをパッと閃いて、抜け出すのはなかなかできない。どうしても昔のを基本にして、そこから考えていくので。」

【剛志氏】 「デザイナーさんが入って、特徴的な柄になりました。握りやすさとか、フィット感とか、すごい考えてつくられています。」

そう語る三代目だが、実際にサンプルを制作しプロトタイプを追い込んでいく中では、柄の加工や精度を追求する中での日常の研ぎ仕事にはない苦労を経験することになる。


東北から九州まで、こたえてくれる木工屋を探した

【剛志氏】 「刃物本体の部分に比べて、やっぱり柄の部分が大変でした。木工屋の仕事だろうという作業も僕がやっているわけなんですね。」

【剛志氏】 「ある程度の型まで仕上げてもらうんですけれども、ただ、コストの面とかもあって。NCルーターという機械なんですけれども、機械である程度まで仕上げてそれを納めてもらうんですが、そこからがデザイナーのこだわりの部分で、ここのアールをちょっと落とすとか、その角を立てるとか、そういう細かいやりとりが続きます……」

【二代目】 「デザイナーというのは、やっぱり自分の納得いくところまで突き詰めますよね。だから我々もいろいろな柄屋さん、一緒に行きましたなあ。」

【剛志氏】 「木工屋さんも結局どこもできないということで。手作業ならできるんですけれども、1本当たりの単価がすごい高かったりとか。南は九州から、山形とか、あっちのほうまでいろいろ行ったんですけれども、結局福井県でみつかりました、そこが何とかできると。それでも求めている30%、40%ぐらいまでしかできなくて。あとはもう手でやっているんです。」

普段なら分業の過程で木工屋に任せることを、剛志さんが最終的に受け取り仕上げるという。そこにはデザイナーの強いこだわりに応えるための剛志さんのこだわり、というよりも強い意志と責任感にもにた覚悟を感じずにはいられない。しかし、長い目で見た時には、仕上げのプロセスとして本業以外の部分について取り組まないといけないというのは、工房としては作業効率上のロスも大きいし、コストパフォーマンスにも影響するだろう。

そこにはデザイナーとの協業によく起こりがちなジレンマが垣間見えるわけだが、しかし、この柄を木工屋と同等、それ以上の精度に対して一つ一つ仕上げるという経験が、三代目にこの先に訪れる新たなチャレンジの際の大きな糧となることも間違いない。行政とデザイナー、今までになかった製作環境の中で磨かれるのはなにも製品だけでないわけで、プロセス自体がこの先、どのようにものづくりを続けていけば良いのか?という問いに対してあるべき姿を教えてくれるのではないかとも思うわけだ。

前編につづく後編では、このデザイナーとのものづくりがどのように海外で評価されたのか、さらには、はじまったばかりの世代継承についてを紐解いていきたい。

続く


information

八内刃物製作所
〒590–0928
大阪府堺市堺区北旅籠町西2丁2–13
南海本線七道駅下車徒歩5分
TEL 072–320–8640 / FAX 072–229–2080
Email:info@yauchi-hamono.com
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