kokoima実践レポート ―精神看護と居場所づくりのハザマで― / 第三回:院内で開くコミュニティサロンというプロセス

ココ今ニティー写真展メンバーによる事務所「ココ今サロン」の入口の様子。メンバー被写体の写真が、壁にかけられている。

大阪は堺市香ヶ丘町の商店街で営まれるコミュニティカフェ「Cafeここいま」。

ここは、主に日常生活に手助けを必要とする精神障がい者が緩やかに地域生活を営んでゆくための活動を行う、NPO法人kokoimaによって運営されるカフェだ。本連載第一回は、このカフェでのメンバー(浅香山病院精神科病棟に長期入院する患者さん)と店主 小川貞子さん(ベテラン看護師)たちスタッフ、そして地域住民とのやりとりについて紹介、そして第二回はこのカフェ開設以前から開かれていた、メンバー自らが人生譚を語りながら展開される“ナラティブ”な写真展「ココ今ニティー写真展」について紹介してきた。ポイントは、これらは別々の活動ではなくメンバーが地域生活を実現させるための一連のプロセスとして繋がっている、ということだ。そして、今回紹介するのは、Cafeここいま開設以前に、メンバーが日常的に集える場として浅香山病院院内にて開設された「ココ今サロン」での活動だ。

■日常的な居場所としてのココ今サロン

2015年春、Cafeここいまが地域で開設される約一年前。病棟群から別棟にあたる建物一階の空き部屋を活用して、「メンバーの事務所」という体裁で「ココ今サロン」が開設された。メンバーが休憩したり、置いてある本を読んだり、定期的に打ち合わせしたりと、様々に活用されるこのサロン。筆者も、NPO立ち上げ〜地域でのカフェ開設という一連のプロジェクトに参画した初期の会議で、度々訪れていた。

NPO立ち上げなど、メンバーの地域生活実現に向けて月一回開かれていた会議の様子。簡単な炊事場もあり、食べ物もいただきながら和やかに。

初めてここに来たときに、小川さんが筆者に伝えたのは以下のようなことだ。

「この場所にときどきは出入りするか、できるだけ電話してほしいんです。そうしていただくと、メンバーさんが“はい、ココ今ニティー事務所です!”って電話をとられるでしょう。そして接待したり、伝言したりされるじゃないですか。そのことでメンバーさんに“役割”ができる。そして地域社会への関心が人とのコミュニケーションを介して高まっていくきっかけになるんです。」

この発言から伺えたのは、メンバーたちが写真展開催という「イベント=非日常」の活動のみならず、「日常」的にも社会の一員としての意識を持ち続けられるような機能が、このサロンには込められている点だ。かつ、個々のメンバーと写真展を通じてつながりができた外部の人たちにとっても、これまでメンバーに会いに行く際は病棟へ「見舞い」のような形で訪問せざるをえなかったところが、このサロンができたことで、より気軽に立ち寄れるようになったという利点もある。そういった外部との糊しろがまず院内でできたことによって、筆者も会議に出席するのみならず、音楽などの表現を通じたコミュニケーションワークショップを開催する運びとなった。

■日常のなかの仄かな幸せや記憶に向き合う

2015年秋。筆者はメンバー対象に音楽ワークショップを実施した。テーマは「些細だけどほんのり嬉しい気分になった、ここ最近の幸せな出来事」。モーリス・メーテルリンクの童話小説『青い鳥』を朗読しながら、筆者の自作の楽曲「青い鳥」※1を歌い挟み、ある空気感を会場に満たしてゆく。そのなかで、ちょっとずつ朗読に参加してもらったり、筆者の歌の一部を口ずさんでもらったりしながら、前述したテーマに向き合ってもらう。最後は、配布されたメモ様子に実際にあった「幸せな出来事」について言葉や絵で書(描)き綴ったのちに発表してもらう、というワークショップだ。

歌を歌いながら、メンバーに『青い鳥』のテクストを手渡す。中央が筆者。

これまで何度か言葉を交わしてきたとはいえ、実際にメンバーの前で演奏や場づくりをするのは初めてだった筆者は、「大丈夫だろうか? みんな集中して体験してくれるだろうか?」という不安がなかったかと言えば嘘になる。しかし、「じゃあ、これからワークショップ始めますね」と一言伝えて緩やかに語りから演奏へと立ち上げ始めたところ、ざわついていた会場が静かになり、各々が思い思いの姿勢でいながらもこちらに意識を向けてくれていることが伝わってきたのだ。幸せについて書(描)くことが難しいメンバーの横には看護師が寄り添い、「最近あった身近な幸せだって。○○さん、なんか思い当たることある?」「そうやな、そう言えば・・・」というように途切れ途切れに想起しながら語る言葉の断片がまた会場を満たしてゆく。もちろん強制ではないので、静かに佇みながらなんとなくこの場の空気に身を寄せている方もいる。以下の写真は、あるメンバーのメモの一部だ。

他にも、買い物でほしいものが見つかったエピソードや、写真展での来場者との嬉しい対話のエピソードなどがあがってきたが、そのどれもがとても「日常と地続きにある幸せ」なのだと感じる。もちろん、そういうテーマ設定を筆者自身がしているので当然なのであるが、その幸せを言葉にしてみることから筆者が“少し”意図したことは、その仄かな幸せをもっともっと掴みたくなるような機会が、病院の外=地域生活にはたくさん溢れているのではないか、ということへの気付きである。その意図をあまり直接的に扱うようなワークショップであれば、純粋に音楽や文学を楽しむ姿勢やそこから生まれる自然な語りを阻害してしまう恐れもある(だから“少し”意図したのだ)。ただ、ココ今ニティー写真展という「表現活動ならではの地域とのつながり」を実感してきたメンバーと取り組む場づくりには、「表現する楽しさ」を感じるのみに留まらず、「社会に関わる」という一見面倒くさくもあるが他者とのコミュニケーションからしか得ることができない「生きている実感」をも感じてもらうことが必要だと考えたのだ※2。

■「治療」のためではない居場所。しかしここは「地域」なのか・・・?

そして、このような場づくりが可能なのは、このココ今サロンが院内でありながらも、「病棟=治療の場」ではなく、メンバーにとって「別の居場所」であるからだ。しかしその一方で、ではこの場自体を「地域」と言えるのかというと、それは難しいというのが小川さんたちと共有してきた意見だ。物理的にも院内であることや、またあくまで「ココ今ニティー写真展のメンバーの事務所」という体裁で開かれているために、写真展を通じて知り合った方以外との偶然の出会いに恵まれる機会も決して多くはない。あらゆる前提や文脈を超えたところで、地域でのより「生身」の出会いを生み出してゆくためには、どうすればいいのか。このようなプロセスを経て、いよいよ本格的に地域のなかで物件を借りて場づくりを行うという具体的なアクションへと繋がっていったのだ。次回最終回では、浅香山病院に程近い堺市香ヶ丘町の商店街の空き店舗にてカフェを開設するに至るまでの、物件探しのプロセスやそれに伴う「戸惑い」について記し、NPO発足に至るまでを描きろうと思う。


※1 筆者のCDアルバム『歌景、記譜、大和川レコード』(路地と暮らし社)参照。http://rojitokurashi.com

※2 ここで始まった表現ワークショップ実践は、Cafeここいま開設後に「kokoima 暮らしと表現の私塾」という名で引き継がれ、月一回の定期開催中。詳しくはkokoimaのホームページにて。http://kokoima.com