プライベートプロジェクトのモチベーション

それは本当に「やりたいこと」なのか

あるプライベートなプロジェクトの中で、「どうしたらいいかわからない」という人が現れ、その状態がそれなりに長くなると、結果、他のメンバーのモチベーションは下がります。それは、そのプロジェクトよりも各々他にやれることがあるなかで、人が一人でも停滞すると、やる意義そのものが薄れるからです。

たとえば、ひとりひとりの状況を見ると、他のイベントとか、勉強会とか、プライベートの用事とかがあって、忙しさの理由になるかもしれない。本業が忙しい時期もあると思います。それは当然のことです。

でも、「趣味」以上の熱量、ないしは「本気の趣味」としてのプライベートプロジェクトにおいては、忙しさは長い停滞の理由にはなりません。ましてや、(直接結びつかなくても)そのプライベートプロジェクトの延長線上に収入や仕事の案件化といった可能性を見るなら。

「停滞」してしまった人にとっての「延長線上」のあるべき形と、プライベートプロジェクトがずれてきたのだとしたら、それはそれで良いことです。また、もしもそもそも自分のやることはこれではない、延長線の前に、原点が違うと感じたなら、それも構わないと思います。ただ、いずれにせよしっかりプロジェクトメンバーでそのことについてしっかり話して、ケジメをつけるべきです。人としての最低限のマナーとして。これは、「停滞」していない人にとっても言えることです。

もしかしたらその人は、「いや違う、俺はこのプロジェクトをやりたいんだ」と思っているのかもしれません。でも、本当にそうなのでしょうか。自分では、正直なところ疲れてしまっていたりするのではないでしょうか。周りの人はその熱量の差を敏感に感じ取ります。仕草や発言、声のトーン、SNSでのやりとり、レスの速さ、等々、人はしっかり見ているのです。


プライベートプロジェクトは最初は、「なんか楽しそう!」という気持ちで始まります。そもそも、何かを始めるということは、わくわくすることです。新しいものに出会える気がする。仕事でできなかったことが、できるかもしれない。ここに「本当の自分がある」気がする。

でも、プライベートプロジェクトは、仕事の不満をぶつける自己満足の場ではありません。自尊心を満たす場ではない。運営にあたっては、厳しい言葉も飛び交うし、能力的に足りないところはお互い指摘する。それに耐えられず、「こんなはずじゃなかった…」ということは、往々にしてあることです。

個人的には、そういう状態になってしまった人は一度、やりたくないことでも、本業=メインで収入を得ている仕事、自分の人生の大半を占める何か、に打ち込んだ方がいいと思います。または、思い切って職を変えるなり、何かリスクをとるべきだと思います。

なぜなら、どちらも自分自身で何かを選択することだからです。目的を持って、逃げではなく。そしてその目的があるからこそ、つらいことに耐えられるようになるし、それを超えたところに、熱量のエンジンとなる価値観も技能もあります。プライベートプロジェクトは、ハードルは低いものの、成し遂げるには一種本業以上の情熱と力量が必要になるのです。

自分が「この仕事は違う…」と思ったとき、「じゃあ君は何をしたいの?」と言われたときに何も答えられない人は、思考停止でしかありません。プライベートプロジェクトは贅沢な逃げ道ではなく、苦渋の選択です。熱量がオーバーした人にとっての、本業では飽き足らない人にとっての、「休日でも使わなきゃ成し遂げられないんだ」という、やむにやまれぬ選択、でもやりたいだけの熱量がある選択、なのでしょう。


知り合いが「文章を書くことは誰かに手紙を書くことだ」と言っていました。この文章はある友人に向けて書いたもののリバイスですが、だからこそ、リアルな思いがこもっています。

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