ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その1)

電力ネットワークの分散化とは何を意味するか

新規事業創造を目指し今年始めからブロックチェーン技術のエネルギー分野での応用を探求してきました。ブロックチェーン研究会でいくつか記事を書かせて頂きましたが、最後の記事を書いてから半年ほど経ってしまい、私自身の見解も当初とは異なってきましたので改めて記事を書くことにしました。エネルギー分野のユースケースはいくつもありますが本記事では需要家間の電力取引に絞って書いてみたいと思います。

※本記事はインプレスR&D社から2017年11月16日に出版されるiNTERNET Magazine Rebootムックに寄稿した記事を再編集・内容追加しました。

※※ 本記事のシリーズでは「分散型台帳技術」を便宜的に「ブロックチェーン」と書きます。


ブロックチェーンを使った電力取引に関する仮説

私が考えていたブロックチェーン技術の電力取引への応用に関する当初の前提と仮説(かなりラフな仮説)を整理します。

まず前提となるシナリオとしては、太陽光発電や蓄電池などのDER(Distributed Energy Resources、分散型エネルギーリソース)のさらなる普及は不可避であり、DERの増加とともに、電力の流れは一方通行からネットワーク型に変わります。そして、需要家間での直接取引(P2P)や地域内での電力融通などが意味のあるものになり、それとともに取引形態も従来の中央集中型から分散型とするのが望ましくなる時代が来るということです。

このシナリオが起こる前提で、分散型台帳技術であるブロックチェーン技術が上記の取引を実現するための技術として向いているというのが仮説でした。その仮説の主な根拠は、ブロックチェーン技術が中央管理者なしにP2P取引を可能にする技術であるということです。

しかし、実際はそう単純ではありません。まず、ブロックチェーン技術が電力取引に本当に適合するかはまだ検証されていません(少なくとも納得のいく主張はまだ見たことがありません)。さらに、仮に適合したとすると既存のインフラとどう連携・統合または置き換えをするべきか明らかではありません。これらの点を明らかにすべく、今回はまず以下の論点から議論を開始します。

(1)電力ネットワークの物理層(発電設備、変電設備、電線など)は「分散システム」化するか

(2)電力ネットワークの情報層(電力消費量データの流れ)は「分散システム」化するか

(3)上記(1)(2)を踏まえ、最適な取引システムの要件は何か

(4)ブロックチェーン技術は上記(3)の要件に適合するか

なお前提としては、DERの普及は現実であり、需要家間の直接取引が起こるとします。法規の問題もありますが、ここでは技術面からの議論に限定します。

電力ネットワークの物理層は「分散システム」化するか

最初の論点は電力システムの中での「分散型」の意味を確認し、電力システム全体のアーキテクチュアの変化を確認するための論点です。まず、従来の電力システムは中央集中型で、大規模発電設備で発電された電力が送電網・配電網を通じて末端の需要家まで届けられるシステムです。かなり単純化して書くと下図のようになります。

図1 従来の電力ネットワーク物理層

次に、DERが導入されるとどうなるでしょうか。ここでは単純化して一部の需要家がDER(太陽光発電と蓄電池)を導入するとします。DERが普及すると中央発電所から送電網・配電網を通って流れる電気の量は減りますが、従来の電力ネットワークは依然として使われます。理由は、多くのDERは需要の一部を供給しますが、全ての需要を満たすとは考えにくいためです。例えば家庭に太陽光発電を導入しても、夜間や機器の故障時は従来通り中央発電所で発電した電気を使うというのが最も起こり得るシナリオです。

図2 DERが普及したときの電力ネットワーク

ここで注意すべきは、上記の図2で示した電力ネットワークはブロックチェーンでよく議論される「分散システム(図3に例示)」「P2Pネットワーク」とは異なることです。分散システムとはすべてのノードが対等で、特定の中央サーバなしにサービスを構築するシステムです。ところが、上記の図2では中央の発電施設が存在しており、中央の機能の一部が分散化されただけであり、システム全体のアーキテクチュアとしては中央集中型をベースとしています。

電力会社が予測した今世紀中葉までの需給推移のシナリオによると、2050年過ぎに分散型電源と電力貯蔵からの出力合計が総需要の半分程度となり、残りは原子力や火力などの在来型電源であるということです。あと10–20年は上記に示した中央集中型の機能の分散化が進み、中央集中電源と分散型電源の併存状態になると考えてよさそうです。次に電力ネットワークの情報層に関して考えてゆきます。

図3 分散システムの例

電力ネットワークの情報層は「分散システム」化するか

電気の流れのパターンを決める電力ネットワークの物理層に関しては完全に分散システムとはならないと結論付けましたが、情報層はどうでしょうか。ここで情報層とは取引に使用する電力消費量データの流れとします。実際は、通信ネットワーク(FAN, WANなど)・ITインフラ(電力量計, MDMS, CISなど)などの要素がありますが、ここでは単純に電力消費量データの流れを考えます。

従来の電力ネットワークでは、各需要家の電力使用量は電力量計で計測され、一般送配電事業者が所有管理する通信ネットワーク経由で(スマートメータの場合)一般送配電事業者のデータベースに集められ、さらに需要家が契約を結ぶ小売電気事業者に送られ、課金請求のために使用されます。これを単純化して図4に示します。

図4 従来の電力ネットワーク情報層

各地域の一般送配電事業者に需要家の電力消費量データがすべて集まるという点でこの電力情報ネットワークは中央管理型です。そして、電力ネットワークから完全独立する需要家が限られているという前提では、この中央管理型の情報ネットワークが近い将来なくなることはありません。 DERを所有する需要家も中央の発電所からの電気を買うときは中央管理型の情報ネットワークを通った情報を使って契約する小売事業者から電気料金を課金されます。

DERで発電した電気をブロックチェーンを使ったシステムで需要家間で取引するとすると、その情報層はどこに位置するでしょうか。取引に参加する需要家間の情報ネットワークが新たに形成されると考えます。図5のオレンジ色の点線です。従来の中央管理型ネットワークは残ったままで需要家間をつなぐ分散ネットワークが新たに形成されます。

情報の流れと電力の流れは一致していません。需要家Aさんが太陽光発電を持つ需要家Bさんから電気を買うときは必ずしも需要家Bさんが発電した電気が配電網を通って需要家Aさんに流れるという訳ではありません。Bさんの販売可能な余剰電力とAさんの消費量を論理的にマッチングさせて取引を行います。図5では同一の配電線(フィーダ)にある需要家同士で取引した方が望ましいという考えで、同一フィーダ内でのネットワークが3つ形成されるとしました。

図5 DERが普及したときの電力ネットワーク情報層

電力ネットワークが完全に「分散システム」でない限り、すなわち、中央集中型の発電がなくならない限り、需要家間の取引を実現するブロックチェーン技術を使ったネットワークは中央管理型ネットワークと併存すると考えます。一つの可能性としては、DERで発電された電気の取引はブロックチェーン技術を使い、従来の中央発電所で発電された電気の取引は従来通り中央管理型のシステムを使うことがあります。そのようなハイブリッドシステムの是非については別に議論します。

少なくともあと10–20年のスパンでは情報層も図3に示すような分散システムにはならないでしょう。図3に情報層を加えたものが図6になりますが、電力ネットワークは物理層(電気の流れ)も情報層(電力使用量の流れ)もこのような完全な分散システムとはならないというのが結論になります。

図6 分散システム化した電力ネットワークの例

まとめ

DERが普及した世界で、電力システムがどう変わるかを物理層と情報層に分けて考えてきました。両方とも従来の中央集中型と分散型の併存が少なくともあと10–20年は続くだろうというのが私の結論です。論点をまとめますと、以下の通りとなります。

  1. 電力ネットワークの物理層(発電設備や送配電網)に関しては、大規模発電所から送配電網を通って末端の需要家に電気が送られる中央集中型のネットワークは残り、その末端にDERが接続される。
  2. 電力ネットワークの情報層(主に電力消費量データ)に関しては、需要家の電力量計のデータが一般送配電事業者の通信インフラ経由で一般送配電事業者に集められ、需要家が契約する小売事業者に送られるシステムは残る。需要家間の電力取引を分散ネットワークで行う場合、これらを統合しない限り上述の中央管理型システムと分散システムの併存状態となる。
  3. 上記1.2.の状態は従来の中央集中型と新しい分散型ネットワークの併存状態であり、ブロックチェーンの「分散システム」「P2Pネットワーク」とは異なる。

ブロックチェーン関連の資料にはいきなり電力会社が中抜きされてDERを電源としたP2P取引でシステムが成立することを示唆するものもありますが(例えば図7)、DERには電力システム運用に必要な発電容量も調整力もまだ備わっておらず、またDERを持つ需要家は中央集中型の電力も使い、それは中央管理型の情報システムで課金請求を行うため、中央集中型と分散型の併存が続くと考えるのが現実的と考えます。

図7 電力P2P取引(日経エネルギーNEXT「電力会社が中抜きされる時代がやってくる」http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/031400075/092100006/?P=4より)

次の記事で以下の論点(3)(4)を議論します。

(3)上記(1)(2)を踏まえ、最適な取引システムの要件は何か

(4)ブロックチェーン技術は上記(3)の要件に適合するか

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