ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その4)

P2P電力取引と法制度

(2018/06/01図を追加しました)

前回までの3回の記事ではブロックチェーン技術を使った需要家間の電力取引の可能性について電力ネットワーク分散化、需要間取引システムの要件、既存の情報システムとの連携の観点から議論してきました。これらの記事では技術面からの分析と議論に限定しておりましたが、今回の記事では、法制度の側面も考慮し需要家間のP2P電力取引がどのようなものになるかを考えてゆきます。

プロシューマは別の需要家に電気を供給してよいか?

まず、プロシューマ(太陽光発電オーナー)がP2P電力取引で別の需要家に電気を供給するのは法的に問題ないかという課題があります。結論から書きますと、現行の制度下ではプロシューマが別の需要家に電気を供給するためには小売電気事業者の登録を受ける必要がありそうです。(これが現実的かどうかは後述します)以下の通り電気事業法第二条に定められている「小売電気事業者」の定義にプロシューマが該当する可能性が高いと考えます。

第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

小売供給 一般の需要に応じ電気を供給することをいう。

小売電気事業 小売供給を行う事業(一般送配電事業、特定送配電事業及び発電事業に該当する部分を除く。)をいう。

小売電気事業者 小売電気事業を営むことについて次条の登録を受けた者をいう。

第二条の二 小売電気事業を営もうとする者は、経済産業大臣の登録を受けなければならない。

出典:電気事業法

ここで論点となり得るのは、「一般の需要に応じ」「事業を営む」という点です。

取引相手が最終需要家であり、P2P取引プラットフォームに不特定多数の参加者が参加して取引する場合は間違いなく「一般の需要」と言え、小売供給に該当するでしょう。同じ地域内の住人など予め取引相手を限定した場合は、上記電気事業法の条文からは白黒はっきりすることは難しいように思います。(しかし、最終需要家が一般消費者であることから、一般の需要に該当するという解釈もあります。)

本題から外れますが電気事業法には電気事業を営む場合以外(小売電気事業以外)の「特定供給」という制度があります。

第七節 特定供給

第二十七条の三十一 電気事業(発電事業を除く。)を営む場合及び次に掲げる場合を除き、電気を供給する事業を営もうとする者は、供給の相手方及び供給する場所ごとに、経済産業大臣の許可を受けなければならない。

専ら一の建物内又は経済産業省令で定める構内の需要に応じ電気を供給するための発電設備により電気を供給するとき。

小売電気事業、一般送配電事業又は特定送配電事業の用に供するための電気を供給するとき。

出典:電気事業法

特定供給とはもともとコンビナート内等において自家発電設備で発電した電気を、 供給者と密接な関係性が認められる他の工場や子会社等の供給先に供給することを認める制度で、需要家間の電力取引は想定していないと考えられます。いずれにせよ、電力P2P取引のプロシューマに対して一軒一軒許可を取得するのは現実的ではないと考えます。

プロシューマの小売電気事業への該当の有無の議論に戻りますが、「事業を営む」という点からは、電力の取引が対価(電気料金)を伴い、反復継続するものであれば事業を営むと判断されるでしょう。今回議論の対象となっているP2P電力取引は無償ではなく、一回限り行われる性質ではないので、この点では「事業を営む」と判断されるのが自然でしょう。

上記より、プロシューマが小売電気事業者への該当の有無の結論としては、以下の通りとなります。

  1. 需要家間のP2P電力取引プラットフォームに不特定多数の参加者が参加して電気の売買を行う場合、プロシューマが別の需要家に電気を供給することは小売電気事業とみなされる可能性が高い
  2. プロシューマが電力を供給する供給先の需要家が限定されている場合(例えば隣家のみとする場合など)、プロシューマの小売電気事業者の該当の有無は明確でない
  3. いずれの場合でも、電力の対価の支払が行われ、売買が反復継続する場合は「事業を営む」という観点で小売電気事業者とみなされる

もしプロシューマが小売電気事業者とみなされる場合、供給の確保、需給管理、顧客対応などの義務が課せられますが、一般家庭であるプロシューマがこれらの義務を負い、小売電気事業者の登録を受けることは全く現実的ではないと考えます。また、供給先を指定して自家発から送電する「特定供給」の許可を受けるのも現実的ではないと考えます。

現行の電気事業法が需要家間のP2P電力取引を想定していないことによりますが、P2P電力取引がすっきり当てはまる制度は現状では存在せず、P2P電力取引を実施するためには、今後制度の整備が必要と考えます。

P2P電力取引の託送料金

仮にP2P取引が実施されると仮定すると、制度的課題の他の一つは託送料金制度だと考えます。

託送料金とは送配電ネットワークの使用料金と考えられ、小売電気事業者が需要家との契約ごとに、また販売した電力量に応じて託送料金を送配電事業者に支払います。ネットワーク構築および運営に送配電事業者がかけた費用(送電・変電・配電・アンシラリーサービスなど)を小売電気事業者が託送料金で支払うと考えます。託送料金は完全従量制ではありませんが、各送配電事業者の託送料金の従量の部分をkWh当たり単価にするとおよそ下記の通りとなります。電圧は需要家への供給電圧です。

  • 特別高圧(20000ボルト以上):1円台後半~2円台前半*
  • 高圧(6000ボルト):3円台後半~4円台前半*
  • 低圧(100/200ボルト):7円台後半~9円台後半

*沖縄電力を除く。沖縄電力はこれより1円程度高い。

出典:東京電力エナジーパートナー資料など

現行の託送料金制度は需要家の供給電圧別となっていますが、特別高圧で接続された大型発電所から送電・配電することが前提となっているため、ネットワークの使用が最も少ない特別高圧の託送料金が最も低く、送配電ネットワークをより多く使用する低圧の託送料金が最も高くなります。

誰が託送料金を支払という問題は別として、P2P電力取引も配電ネットワークを使用する限り託送料金を払うというのが理にかなっていると考えます。しかし、上述の通り現行の託送料金体系は需要家の電圧で決められており、10メートル離れた隣家へのP2P取引分の託送料金は、最も高い低圧の料金が適用されることになります。

低圧の託送料金は送電線(数百kmに及ぶこともある)や変電所などの施設を通って電気を託送することを前提とした料金になっています。一方、P2P取引で同じフィーダ(配電線)の需要家と取引するときは、配電線の末端だけを使用し、変電所も通らないため、公平を期すためには低圧から低圧への託送料金を適用すべきでしょうが、現行の料金体系ではまだ当該のカテゴリーがありません。P2P取引に適した託送料金の制度が望まれます。

図1 託送料金体系とP2P電力取引 (簡略化してあります)

P2P電力取引と同時同量

現行の制度では、小売電気事業者が30分値にて計画値同時同量を達成する義務を負います。これは、30分単位でその小売電気事業者と契約する需要家の需要合計とその小売電気事業者が供給する電力量のを合わせるオペレーションのことです。P2P電力取引が実現したとき、どのように同時同量が達成されるかという議論をときどき聞きます。私は次のように、現行通り小売電気事業者が主体となり同時同量オペレーションを行うのが最もシンプルと考えます。

まず前提として、P2P電力取引の参加者は全員小売電気事業者と契約を保持し、プロシューマも太陽光発電が発電しないときは小売事業者から電気の供給を受けるとします。また、小売電気事業者と契約を持つプロシューマは同じ小売電気事業者と契約を持つ需要家と取引をすると仮定します。

このとき、プロシューマの顧客を持つある小売事業者のあるコマでの需要合計は次のように定義できます。

需要合計=∑{(各需要家の需要)-(太陽光発電の自家消費*)}

*プロシューマ以外はゼロ

この式には、P2P取引に使われる太陽光発電の余剰電力は入っていません。小売電気事業者は過去データや気象情報などのモデリングにより需要予測を行うと理解していますが、P2P取引の有無はプロシューマの需要に影響しないということです。プロシューマがP2P取引をせずに余剰電力を電力会社(送配電事業者または小売電気事業者)に販売しようと、P2P取引で地域に融通しようと需要には影響しないのです。

次に供給ですが、プロシューマの余剰電力合計を供給に加える必要があります。(または予め需要から差し引いても同じです)その上で小売電気事業者は予測した需要合計に対して発電設備を稼働し、不足分はJEPXやバランシンググループから調達し、30分単位で供給を需要に合わせます。当小売電気事業者の顧客が別の小売事業者の顧客であるプロシューマとP2P取引をする場合は、やはりP2P取引される余剰電力を供給に加える必要があります。

P2P取引プラットフォームに売り入札を入れた余剰電力が売れ残った場合ですが、小売電気事業者が売れ残りを予測して供給量に反映しない限りインバランスが生じてしまいます。しかし当面はP2Pで取引される電力量は全体の供給量に比べて微々たるものでしょうから問題とはならないでしょう。

上記は現時点での私の考えであり、もっとよい方法があるかもしれません。図2にこれをまとめます。

図2 P2P電力取引が発生するときの小売電気事業者が行う需給調整のイメージ

まとめ

P2P電力取引と法制度に関する今回のまとめです。

  1. 電気事業法上はプロシューマは小売電気事業者の登録を必要とする可能性が高いです。しかし、一般家庭のプロシューマが小売電気事業者の要件を満たし、登録を受けるのは現実的ではなく、P2P電力取引に合った新制度が望まれます。
  2. P2P電力取引も送配電ネットワークを使用するため託送料金を課せられるのが妥当と考えます。しかし、現状の託送料金制度は特別高圧の発電所から送電されることを前提にしており、低圧のプロシューマから低圧の需要家に託送する料金は設定されてありません。P2P取引が社会にとって意義のあるものであり、実施されるのであれば、P2Pの実態に合った託送料金が整備されるべきでしょう。
  3. P2P電力取引が行われるときの同時同量確保は、P2Pで取引される太陽光発電の余剰電力を供給側に乗せて従来通り小売電気事業者が行うのがよいと考えます。

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※※本記事の電気事業法と託送料金に関する議論は、2018年1月に経済産業省が実施した「平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(分散型システムに対応した技術・制度等に係る調査)」 ブロックチェーン法制度検討会(物流、サプライチェーン、モビリティ分野)での議論も参考にしています。(著者が構成員として参加)

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