ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その5)

P2P電力取引の市場規模

前回はP2P電力取引の法制度の側面を議論しました。ポイントは以下の通りでした。

  1. 現行の電気事業法でP2P電力取引を行うのに適切な制度・枠組みがなく、小売電気事業者の登録が必要となる可能性が高い
  2. P2P電力取引に相当する電気の融通は配電レベルで行われると考えるが、現行の託送料金制度は特別高圧で接続した発電所を起点とする前提で設定されており、配電レベル(低圧から低圧)での託送に相当する設定がない。従って、上記1の電気事業法の問題を解決したとしても、最も高価な低圧の託送料金が適用される。
  3. P2P取引が発生したときの同時同量確保は従来通り小売電気事業者が主体となって行うのがシンプルと考える

今回はP2P電力取引をビジネスとして行う場合、ビジネスがどのような形で行われるかを議論します。実際は電気事業法の問題がありますが、P2P電力取引が許可されたという想定で考えます。

P2P電力取引の売り手と買い手

まずは日本における市場規模の算出から考えます。ほとんどすべての需要家が買い手となり得ますが、売り手になり得る者は発電設備を持っている者に限られています。そのため、売り手が市場規模を決定すると考えます。具体的には、売り手となり得るのは以下ではないかと考えます。

  1. 余剰電力買取制度または固定価格買取制度(FIT制度)による売電を行わず、余剰電力を系統に逆潮流できる再エネのオーナー

2. 小売電気事業者等との契約を持たず、余剰電力を系統に逆潮流できるその他発電機のオーナー

また、削減した需要(ネガワット)も上記1.2.と同様に扱うことができますが、議論を簡単にするためにここでは物理的に逆潮流を行える発電機を有する者のみを売り手として考えます。

上記1.の当該再エネ設備は住宅用と業務用があり、その中にFITの買取期限が終了したものと、最初からFITによる売電を行っていないものが考えられますが、2019年11月以降に買取期間(10年)が終了となる住宅用太陽光発電のオーナーが主な売り手になると考えます。

全量買取の大型再エネ発電所に関しては買取期間が20年のため、2032年以降でないと買取期間終了の発電所が発生しません。またFIT開始以降はFITによる売電を行わず余剰電力を逆潮流している再エネ発電設備がまとまった規模で存在するとは考えにくいので、ここでは2019年以降に買取期間が終了する住宅用太陽光発電のオーナーを主な売り手として考えます。

上記2.に関しては、余剰電力を逆潮流できるまとまった数の発電機(自家発など)はおそらくないのではないかと思います。また、家庭用コージェネレーションシステムのうち逆潮流するものに関しては販売元の会社(小売電気事業も営むガス会社)と売買契約を締結しているもののみが存在すると思いますのでやはり対象から除外します。

以上から、現状では主な売り手は2019年11月以降に買取期間が終了となる住宅用太陽光発電のオーナーになると考えます。将来FIT制度が終了し、P2P電力取引に経済的優位性が出てくると新規の太陽光発電も対象になるでしょう。以上を下記の表にまとめます。

P2P電力取引の規模

それでは、P2P電力取引の規模はどのくらいになるでしょうか。一般社団法人太陽光発電協会のデータを基に算出した2019年以降に余剰電力買取制度および固定価格買取制度の買取期間を終了する10kW未満の太陽光発電設備の件数は以下の通りとなります。

2019年に期間終了となる太陽光発電設備は約55万件ですが、この中には1990年代から稼働しているものも含まれ、それらの残り稼働年数は長くないかもしれないことは留意しておいた方がよさそうです。2020年以降に期間終了となる設備は10年稼働して期間終了になるものがほとんどであり、その後も(PCS交換などを行い)5–10年は稼働できると想定します。

2015年の日本の世帯数5340万世帯(統計局)を分母とすると、2020年時点での売り手は75万軒で1.4%、2026年時点では224万軒で4.2%となります。

次は電力量の議論ですが、上記の太陽光発電設備の累積容量は以下となります。2026年までには約9.5GWの住宅用太陽光発電がFITを「卒業」することになります。

2021年分は1件あたりの容量を5kWとして推定

それでは、このうちP2P電力取引の対象となり得る電力量はどのくらいでしょうか。設備利用率を13%、余剰電力の割合を73%として計算すると以下の通りとなります。(自家消費分はP2P電力取引の対象にはなりませんが、参考のためグラフに載せておきます。また、将来蓄電池が普及すると自家消費分の割合が増えます。)

余剰電力と自家消費割合は積水化学工業(2016年調査結果)の資料を参考

買取期間終了となる太陽光発電からの発電量は以上の通りですが、このうちP2P電力取引に供することができる電力量はもっと少なくなることが予測されます。理由は以下の通りです。

  1. FIT買取期間終了後、小売電気事業者や住宅メーカーと売電契約を締結する太陽光オーナーがいる
  2. FIT買取期間終了後、蓄電池を設置して自家消費の割合を増やす太陽光オーナーがいる
  3. FIT買取期間終了後、償却を終えて引退する太陽光発電設備がある。特に2019年にFIT買取期間終了を迎える太陽光発電設備は20年以上稼働していた設備を含む。

2015年の発受電電力実績値は電気事業連合会によると864,453GWhで、この値を分母とすると、上記の2020年のP2P電力取引に供することができる電力量は676GWhで0.08%、2026年では2,663GWhで0.31%となります。

FIT買取期間終了後の太陽光発電のみを考える場合、電力量の観点では、P2P電力取引が日本の電力システム全体に与える影響は微々たるものかもしれません。

まとめ

  1. 短期的(3年以内)にP2P電力取引に供することができる主な電源は、2019年以降に買取期間終了を迎える家庭用の太陽光発電と考えます。
  2. 中長期的には、FIT制度が終了した場合の新規の再エネや2032年以降に買取期間が終了する大型再エネ発電所もP2P電力取引に供することができると考えます。
  3. 上記1.の件数は2020年で75万軒、2026年で224万軒となります。2015年の日本の世帯数5340万世帯を分母とすると、上記の値はそれぞれ1.4%、4.2%となります。
  4. 上記1.の電力量は2020年で676GWh、2026年で2,663GWhとなります。2015年の発受電電力実績値を分母とすると、上記の値はそれぞれ0.08%、0.31%であり、1%にも満たない量です。

5. 実際には買取期間終了後に小売電気事業者と売電契約を結ぶ太陽光オーナー、蓄電池を購入して自家消費を増やす太陽光オーナー、太陽光発電設備を撤去するオーナーもいるでしょうから、P2P電力取引に供することができる電力量はもっと少ないでしょう。

上記はあくまで住宅用太陽光発電をP2P電力取引の主な売り手として考えてきました。現状ではこのシナリオが有力だと考えますが、将来これ以外のシナリオも開けるかもしれません。

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