ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その7)

ブロックチェーンはエネルギーを民主化するか?(その2)

(2018/09/15「小売」を追記するなど微修正しました)

エネルギーの民主化とは(前回のまとめ)

前回の記事ではP2P電力取引がエネルギーを民主化するという主張の意味と、その意義や重要性に関して考えました。まとめますと、

  1. 「エネルギーの民主化」の一つ目の意味は、電源種や価格なども含め、電気の購入元を選ぶことができる。またプロシューマや発電機のオーナーに対しては電力会社以外で電気の売り先を選ぶことができることである。供給の制約がある可能性はあるが、P2P電力取引によって確かに需要家とプロシューマの選択肢は広がりそうである。
  2. 二つ目の意味は、P2P電力取引は仲介業者なしに電気の取引ができることである。仲介業者が入らないP2P電力取引システムを構築することは可能だが、現物(電気)を届けるために送配電インフラを使わなければならない、24時間365日P2P電力取引で需要が満たされる訳ではない、正確な課金請求や同時同量のために関わる事業者は依然として必要であることから、仲介事業者から完全に独立しているとは言い難い。

配電の付加価値が需要家に還元されるという民主化

エネルギーフォーラム社刊・野村総合研究所著「エネルギー業界の破壊的イノベーション」を最近読みました。この本にはエネルギーバリューチェーンの付加価値が短・中期および長期にわたってどう変化するかという興味深い考察があります。この中で長期の付加価値変化について、上記2.とも近いと思いますが、以下の記述があります。

配電・小売の運用・制御に関する付加価値については、前述のとおり、ブロックチェーンによる電力取引の普及形態次第で、価値が減少する場合と価値が維持される場合が想定される。具体的には、ブロックチェーンを活用した電力取引の付加価値が需要家に還元される仕組みが実現した際には、いずれの事業者も、配電・小売の運用に関して大きな付加価値を得ることができなくなる。この場合、エネルギー市場は、真に民主化された状況であるといえ、当該機能に関して巨額の利益を得る企業が市場に存在しない状況がなることが想定される。

前回の私の記事では電力取引に関する付加価値を考えましたが、上記の「配電・小売の運用・制御に関する負荷価値」は電力取引よりも広いと思いますのでどのような負荷価値があり、そのうちどれがブロックチェーンにより民主化され得るかを再度考えてみます。

前回の記事で考えた負荷価値は以下の通りです。

a. 可用性(24時間365日の電力供給)

b. 配電ネットワークを使用した電力の流通

c. 課金請求

d. 需給管理

このうち、c.の課金請求に関しては電力の正確な計測も伴います。需要家の電力量計の設置は送配電事業者が行います。P2P電力取引が独自の計測器を設置して行うのであれば付加価値の形成はP2P電力取引に移ると考えますが、上記a.の項目で説明したように、P2P電力取引が起こる時間帯や電力量は限定されているため、従来の送配電事業者が行う計測が短期間で置き換わることはないと考えます。また、従来の送配電事業者が設置した電力量計で計測したデータを基にP2P電力取引が行われる可能性もあります。

これに加え、配電事業者が提供する付加価値として新たに次を考えます。

e. 電力の品質の確保

f. 電力の信頼性の確保

上記e.の電力の品質は電圧、周波数、高調波などの要素がありますが、通常これらを管理するのは送配電事業者であり、P2P電力取引が寄与できるところは小さいと考えます。例えば、インバーター電源を持つ太陽光発電システムが大量に系統に接続されれば系統の電圧が上昇することが知られていますが、P2P電力取引により電圧の逸脱(電気事業法により基準が定義されている)を回避することはできません。また、系統の周波数が基準内に収まるように送配電事業者は発電機を制御して調整を行いますが、P2P電力取引そのものにより周波数調整を行うことはできません。

上記f.の信頼性は、停電の有無、停電の時間と関連し、システム年間平均停電時間(SAIDI, System Average Interruption Duration Index)、顧客年間平均停電時間(CAIDI, Customer Average Interruption Duration Index)などの指標で評価されます。信頼性を上げるためには、送配電事業者が停電を最小とするようなインフラ投資を行い、停電が発生したときに素早く復旧できるようにリソースをかけることが不可欠です。例えば、送配電事業者は配電の自動化により、停電箇所を検知し、当該区間の隔離を行い、停電の被害を最小にする取り組みをしています。マイクログリッドのように特殊な環境が設定されている場合を除き、P2P電力取引は信頼性には貢献しないと考えます。

まとめ

送配電および小売の価値がP2P電力取引によって従来の送配電システム、送配電事業者、または小売事業者からP2P電力取引システムに移るのであれば民主化が行われるという観点で、前回の議論も含んだ送配電の価値のシフトを以下の表にまとめます。

結局のところ、従来の送配電・小売の運用・制御の負荷価値がP2P電力取引により需要家に還元されることで民主化が達成されるという視点では、その民主化の度合いは限定的だと考えます。(P2P電力取引が広がりを見せるが、P2P電力取引システムによりすべての供給が行われるわけではなく、従来のシステムによる供給との2本立ての段階を想定しています。)

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