ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その2)

需要家間の電力取引を行うシステムとは

(2017/11/11追記を行いました)

電力ネットワークの分散化とは(前回のまとめ)

前回の記事ではDER( Distributed Energy Resources、分散型エネルギーリソース)の普及に伴い、電力ネットワークの物理層と情報層がどう変化するかを議論しました。結論を再掲しますと、以下のようになります。

  1. 電力ネットワークの物理層(発電設備や送配電網)に関しては、大規模発電所から送配電網を通って末端の需要家に電気が送られる中央集中型のネットワークは残り、その末端にDERが接続される。
  2. 電力ネットワークの情報層(主に電力消費量データ)に関しては、需要家の電力量計のデータが一般送配電事業者の通信インフラ経由で一般送配電事業者に集められ、需要家が契約する小売事業者に送られるシステムは残る。需要家間の電力取引を分散ネットワークで行う場合、これらを統合しない限り上述の中央管理型システムと分散システムの併存状態となる。
  3. 上記1.2.の状態は従来の中央集中型と新しい分散型ネットワークの併存状態であり、ブロックチェーンの「分散システム」「P2Pネットワーク」とは異なる。

今回の記事では、以上を前提に、需要家間の取引を行うときのシステムの要件は何か、ブロックチェーン技術はその要件に適合するかを議論します。

需要家間取引システムの機能と要件

需要家間の取引が行われるとして、そのシステムやプロセスはどのようなものになるでしょうか。思考実験ではありますが、以下のシステムの機能や要件を想定します。

(1)取引成立のためには需要と供給を一致させる必要があるが、あるプロシューマ(DERを持つ需要家)が持つ太陽光発電の余剰電力(や蓄電池からの放電電力など)と固定された別の需要家の需要が常に一致する保証はなく、事前に取り決めた相対取引よりも市場を通じた取引が適切と考える。需要と供給のマッチングの例として1件のプロシューマが提供する電力をもう1件で消費しきれないときにさらにもう1件に融通する場合を図1に示す。また、図示はしないが、余剰電力の売り先の需要家がおらず、小売事業者が買い取る場合も考えられる。

図1 需要家間の取引(例示)

(2)上記の市場は既存の卸電力市場とは異なり、参加者が需要家(プロシューマおよび専ら消費する需要家)のみの市場であり、例えば同一フィーダ上にある需要家や一般送配電事業者の同一サービスエリアのある限定された地域の需要家で構成される

(3)取引の時間幅と1日のコマ数はそれぞれ例えば30分、1日48コマなど一定とする(図1では1時間とした)

(4)需要家間電力取引市場ではザラ場または板寄せ方式で売り注文(供給・発電側)と買い注文(需要・消費側)をマッチングさせ、約定させる。以下図2に例示する。

図2 需要家間取引市場の例

(5)需要家取引市場でのマッチングの精度を上げるため、同時間帯(例えば、11月3日14:00–14:30)の電力取引に対し、異なる時間で複数の取引を行う。例えば、3日前、全日、8時間前、4時間前、1時間前など。

(6)売り注文、買い注文はそれぞれ太陽光発電予測、需要予測などの技術を用い、各市場参加者のエージェント(アルゴリズムと入出力機能などを備えたソフトウェア)により自動で行われる。自動注文に人間が介入したり、手動に変更したり、自動注文の条件を変更することは可能である。

(7)約定し、当該時間に売り手による電力の供給、買い手による電力の消費が確認された取引については決済を行う。または後に決済するために記録を行う。

(8)約定後に電力の供給が行われなかったもの(例えば機器の故障や天候の変化による太陽光発電量の低下)、電力需要が約定した供給量に満たなかった取引に関しては清算を行う

(9)ある需要家が需要家間電力取引を通じて調達した以外の部分の電力供給は需要家が契約する小売電気事業者が行うものとし、小売電気事業者がその分の課金請求を行う(理由は前回の記事参照)

システムの詳細(例えば取引の時間幅やマッチング方式)については別途設計や最適化が必要ですが、本議論のためには上記一般化したシステムを想定し、さらにその追加要件について考えてみます。

(10)実運用するネットワークの規模は少なくとも数千の需要家が取引をすると想定し、取引時間幅以内に約定および決済(または後にまとめて決済を行うための記録作成)が完了する

(11)取引内容は検証可能とする

(12)取引の当事者以外には取引内容がわからないように秘匿性の確保が必要

ブロックチェーン技術の適合性

ここではブロックチェーン技術とは分散型台帳技術(Distributed Ledger Technology, DLT)であり、次の特徴を有するソフトウェア技術のことをいいます。(株式会社ブロックチェーンハブ/ビヨンドブロックチェーン株式会社 「BBc-1 [Beyond Blockchain One]および一般社団法人ビヨンドブロックチェーンのご紹介」)

正当性の保証:新たなトランザクションについて、その中身を改ざんできず、過去のトランザクション列に照らして矛盾がなく、かつ、それが正当な権限をもつユーザにより投入されていることを保証します。また、正当な権限をもつユーザにより正しいトランザクションが投入されることは誰にも止められません。

存在の証明:過去にあったトランザクションの証拠を抹消できず、かつ、過去になかったトランザクションの証拠を捏造できません。

唯一性の合意:矛盾するふたつのトランザクションがあったとすると、そのうちの一方だけが(いずれ) 正当なトランザクション履歴の中に残されます

ルールの記述:トランザクションの意味を定義できます。

前節で想定した需要家間電力取引システムに関して、ブロックチェーン技術の電力取引への適用性を考察します。

(a)売り手、買い手の注文作成と発注:売り手(プロシューマ)側の売り注文は天候データなどを基にした太陽光発電の発電量予測、それと組み合わせた蓄電池の充放電スケジュール、自家消費分の需要予測などを基に計算された最適供給量のプロファイルにより作成され、発注が行われると想定します。買い手の注文は経験値、天候、機器データ等を基にした需要予測を基に作成され、発注が行われます。これらは売り手、買い手それぞれの需要家のエージェントにより自動で実施されます。ブロックチェーン技術との親和性は薄いと考えます。

(b) 市場への入札、市場での注文のマッチングと約定:市場での取引結果は唯一性を要するものであり、分散システムで行う優位性は見当たりません。分散システムで行った場合、同期に必要な通信量の増大や取引結果の唯一性が失われる可能性などデメリットがあるため、注文を一箇所に集め中央で行うのが適当と考えます。日本取引所グループJPXワーキング・ペーパー「金融市場インフラに対する分散型台帳技術の適用可能性について」には以下の考察がありますが(太字は筆者による)、電力取引でも同様と考えます。

証券市場における「取引」では、その機能上の工夫のほとんどが、取引が成立する前のプレトレード処理における「注文を如何に効率的にマッチングさせるか」にある。取引の相手方が見つかる確率を上げて、価格競争により最良価格での取引を成立させるために、市場運営者は如何に注文を自市場に集中させるかの努力を行っている。こうした特徴と分散ネットワーク上での処理というDLT のアーキテクチャーは基本的に親和性が低く、既に効率的な集中処理型の市場が存在している場合、改善をもたらすのは難しい。

(c) 決済:ブロックチェーン技術を基にする仮想通貨の取引では約定と決済が同時に行われます。約定から決済まで数日かかっていた証券取引に本技術を適用した場合、決済時間を短縮できる可能性があります。しかし現状の電気料金の請求・支払いはおよそ1ヶ月分の電力使用量の検針分により行われ、需要家にとって同じ請求・支払いサイクルを使う前提では決済をリアルタイムで行う必然性は見当たりません。むしろ請求支払いサイクルを短くした場合、手続きや手数料が増えるデメリットがあるかもしれません。確定した取引データを一定期間(例えば1週間、1ヶ月など)貯めておき、合算して請求するのが適当と考えます。

しかしブロックチェーン技術は大量の決済を短時間で処理できるために電力取引に向いているという主張もあり、今後検証が必要と考えます。例えば米国企業Grid+の創業者Alex Millerは次のように書いています。事業者にとっては電気料金を早く回収できるために有利な面もありますが、需要家にとってはメリットはないのではないかと考えます。

In a future world where there are many localized markets with dynamic pricing based on supply/demand and distribution congestion, centralized administration of settling is neither economically efficient nor technically feasible. The distributed p2p nature of Ethereum provides a complementary settlement layer to the distributed geographically specific p2p energy markets.

また、オーストラリア企業Power LedgerのWhite paper v3にも次のような記述があります。

A trading platform that requires third-party settlement and reconciliation of
millions of transactions between hundreds of thousands of traders across 5-
minute trading intervals would be almost impossible to support without a
central player taking control of all parties’ data, prescribing fees, requiring trust,
proving accuracy and binding the market up in red tape and bureaucracy. But
the blockchain is an agreement machine that can facilitate the financial
settlement of these transactions, in the same trading intervals in which the
energy is produced and consumed, and it can be achieved at a speed not
possible using current market settlement technologies.

約定価格に相当するトークンまたは仮想通貨を移転することで決済を完了とすることも可能です。しかし、当該トークンと法定通貨との交換が必要な場合、需要家は交換所・販売所等の外のシステムを経由して決済を完了することになります。

従来の電力料金を法定通貨で支払うように、法定通貨が決済通貨となるときは資金決済はシステム外の決済インフラ(銀行やクレジットカードなど)で行われます。

まとめ

需要家間取引システムに関する論点を以下の通りまとめます。

  1. 需要家間の取引はpeer to peer取引ではあるが、供給を需要にマッチングする確度を高めるため、あらかじめ取引相手を決めて相対取引するのは現実的ではなく、需要家間取引市場を通じた取引が適当と考える。
  2. 各プロシューマおよび需要家の市場への入札および市場での買い注文と売り注文のマッチング・約定はブロックチェーン(分散システム)外の中央処理型のシステムで行われるのがよいと考える。
  3. 売りと買いのマッチング・約定の後に決済が行われるべきであるが、ブロックチェーンであれば中央集中型のシステムを介さず効率的に行うことができるという主張がある。しかし、通常電気料金の課金・請求は1ヶ月に1回もしくはそれより長く、需要家にとってリアルタイムに近いスピードと頻度で決済を行う必要性とメリットは明らかでない。(事業者にとっては資金繰りが有利になるため意味がある)

次回は既存のインフラとの連携に関する考察を書きます。

※フィードバックはyasuhiko.ogushi@gmail.comにお願いします。

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