トランザクティブエネルギー(1)

トランザクティブエネルギーとは

本記事では、トランザクティブエネルギーの概念を解説したバラガー&カザレットのTransactive Energy: A Sustainable Business and Regulatory Model for Electricityから学んだことを中心に書いていきます。

まずは第1章までの内容を本記事でまとめます。(日本語版が出版されているのですが、先に英語版を買ってしまったので英語版を使用しています)

※なるべく原文に忠実を心がけますが、どうしても私の理解を通じたまとめとなりますことご了承ください。また勉強中のため理解が及ばないところもあることご了承ください。

トランザクティブエネルギー(以後「TE」)の背景

2000年代以降、変動型再エネ(太陽光・風力)の普及、エネルギー貯蔵のニーズの増加、分散型エネルギーリソース(DER)およびプロシューマー(発電設備を持つ需要家)の増加、マイクログリッドの出現、電気自動車(EV)の増加により、従来の中央管理型の方法では解くのが難しい問題が現れるようになりました。

系統に逆潮流される太陽光の余剰電力の価格形成がその一例です。ピーク時に近隣の需要に対応するのであればその価値は高くすべきという意見もありますが、プロシューマーは応分の託送料金の負担もすべきという意見もあり、価格決定が難しいです。また、別の例ですが、蓄電池を持ったプロシューマーがネットメータリングのレートにて蓄電池から放電した電気を電力会社に売電する事例があります。プロシューマーは単にオフピーク時に充電してピーク時に放電しているだけですが、電力会社は逆ザヤとなるのでこれを止めさせたいと考えています。

上記のような中央管理型の方法では解決が難しい問題を新しいモデルにより解決を図るのがTEです。

TEの中心となるアイデア

  1. 取引対象は電気輸送の2つ。「輸送」とは「5月17日15:30–15:35に360kWhをA地点からB地点まで輸送する」のような取引と思われる。日時や地点を指定した託送料金とも言える。系統は有限の容量を持つことから市場の概念が導入される。
  2. 先渡取引によりリスクを管理し投資の意思決定を調整する。投資とは電気事業者にとっての発電設備や送配電設備の投資、需要家(プロシューマー含む)にとっての発電設備・省エネ設備の投資である。従来では先渡市場は卸売市場で用いられているが、この適用範囲を広げ、大口需要家から家庭などの需要家まで電力エコシステム全体を含むようにする。従来の統括原価方式では、電気事業者は規制当局に承認を受けた電気料金にて投資回収を行っており、電気事業者のリスクを下げていたが、そのリスクは需要家に転嫁され、需要家は自分たちではリスクを低減する余地がなかった。TEモデルでは需要家が先渡市場に参加することでこの投資リスクを管理できるようにする。
  3. スポット取引により運用に関わる意思決定を調整する。従来ではスポット取引は予測のずれに対応するために卸売市場で使われているが、先渡取引同様にこの適用範囲を広げる。従来は電力会社や送配電運用事業者が時間別料金(TOU: time of use)や直接負荷制御(DLC: direct load control)などの手法を使い、需要家の行動変容を促し、運用コストを下げ、信頼性を向上させようとしていた。TEはスポット取引により運用に関わる意思決定を調和させる。
  4. TEの市場はひとつであり、卸売と小売の区分はない
  5. すべての参加者は自律的に動く
  6. TEは拡張可能である
  7. 効率で透明性のある規制モデルである。市場取引を主体とするモデルであり、規制当局による介入が少ない。従来では例えば米国CA州で民間電力会社3社がそれぞれ70種の料金メニューを持っており、これにアデカシー確保やデマンドレスポンス、Community Choice Aggregationなどの考慮が加わるので非常に複雑である。TEはこのプロセスをシンプルで透明性のあるものにする。
  8. 安価な計算パワーが前提となっている。

TEが実際に作動する仕組み

先渡取引とスポット取引は双方向のやり取りが可能な同一プラットフォームで行われます。また、取引はエージェントにより自動化されています。取引は以下の順序で完結します。また、取引対象は電気と輸送ですが、この2つは別々に取引されます。

  1. 供給者が売り入札を提示
  2. 需要家は、A. 売り入札(またはその一部)を落札 B. もっと有利な価格の売り入札を待つ C. 入札には応対しない のいずれかの意思決定をする
  3. 需要家が売り入札を落札したとき、取引は記録される
  4. 指定された日時に供給者は実際に電気を供給する
  5. 需要家は支払いを行う
  6. 取引当事者以外の者は約定されたが供給されなかった電気を供給、消費されなかった電気を消費するためにスタンバイする

価格シグナルと市場メカニズムにより、供給者と需要家は外部からの介入なしに高コストな取引を避け、時間帯をシフトするようになります。

TEのアーキテクチャー

TEの参加者は次の3つのグループに分かれます。これらの参加者が取引プラットフォーム経由で電気と輸送の入札や落札のやりとりを行い、取引結果はプラットフォームに記録されます。

  1. エネルギーサービスに関わる参加者:需要家、供給者、プロシューマー、蓄電池のオーナー
  2. 輸送サービスに関わる事業者:送配電インフラのオーナー
  3. 仲介者:取引所、マーケットメーカー、小売事業者、システムオペレータ
バラガー&カザレット 図1–9を基に作成

TEの利点

TEの利点は以下です。

  1. イノベーションを誘発:買い手と売り手が常時やりとりを行い、リアルタイムのコスト情報を持つようになると、需要家や供給者のために新しい価値を創出できる可能性がある。価格を見て空調の制御を行うNestサーモスタットはその一例。
  2. 省エネと再エネ普及目標の達成を容易にする: 再エネの投資および運用の意思決定を調整することにより、再エネの統合と効率的な運用を容易にする。また、需要家に省エネ機器投資・運用についても同様。
  3. 公平性:米国CA州が家庭用料金設計に用いている、料金は限界費用およびコストの因果関係に基づくという原則に合致する。
  4. 透明性:先渡とスポットによるTEの取引ルールはシンプルで曖昧性がない。従来のレート構造は複雑で透明性がない。しかも市場の変化に応答しようとしてますます複雑になる。

考察

全体の印象としては、ひとつひとつのロジックは分かるのですが、あまりにも大きな一つの市場に多くの参加者が乗っかるイメージで、これ本当に機能するのかな?といった感じです。

  1. TEは卸売と小売の区分を設けないが、需要家の参加は最初から必要でしょうか。まず卸売レベルで試してうまく機能したら需要家レベルに展開したらよいのではないでしょうか。または市場を階層構造にしてもよいと思います。(マイクログリッドは階層構造になる記述がありますが)
  2. 市場は一つということですが、取引はどのように優先順位をつけられるのでしょうか。市場取引の優先順位が低い参加者が約定できなかったときは次の回に回されるのでしょうが、最後まで約定できないリスクはないのでしょうか。
  3. 輸送に関しては、確かに送配電インフラの容量は有限ですが、逼迫しない限り価格は変動しないのではないかと思います。飛行機の座席を1年前から売り出し、最初は一律5万円。席が80%まで埋まったら徐々に高くしていくのと同じイメージでしょうか。(飛行機の座席の再販は通常できませんが)従って、取引コストが低くないと不必要(価格がほとんど変動しない)な市場取引が大量発生しコストがかかることを懸念します。
  4. 小売事業者が市場に参加するのであればその小売事業者と契約する需要家はTE市場に参加せず、小売事業者に供給を委ねることになると思います。また、需要家が小売事業者と契約を持たず、TEの市場に参加し自ら電気と輸送を購入してコストを最適化できることもできると理解します。小売事業者は上記のうちどちらかのみ選択可能で、両方は選べないと思います。小売事業者よりも優秀なエージェントが開発されたら需要家は後者を選ぶでしょう。
  5. ゲートクローズ後に送配電事業者が需給調整・周波数調整を行いますが、これは従来通り必要かと思います。(後の章で説明があるのかもしれませんが)
  6. 人口減少などによる需要減少には対応できなさそうです。輸送サービスの価格がフラットになって終わりでしょうか。

ご意見はyasuhiko.ogushi@gmail.comまでお願いします。

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