電気代タダは実現するか?

限界費用ゼロのエネルギーに関する整理

「限界費用ゼロのエネルギー」という概念をときどき耳にしますが、この概念に関して整理をしてみたいと思います。なお、ここでは限界費用ゼロを実現するのは太陽光発電などの再生可能エネルギーであると想定し、議論を電気に限定します。

※12/3全編を通して修正を加えました。

限界費用とは

まず、限界費用とは経済学の用語で「1単位生産を追加したときに発生する総費用の増加分」ということです。経済学の教科書では、限界費用は増加すると説明されています。これは、大量生産によりコストを下げる「規模の経済」という現象に反し、「あれ?」と思いますが、経済学の教科書では、短期的かつ一定の生産設備下という条件だそうです(ここは、現実を鑑みると違和感ありますが、本題ではないため、議論しません)。

それでは、電気の限界費用とは何でしょうか。

限界費用とは、すでに投資した設備を想定し、1単位追加で生産するときにかかる追加の費用のことでした。電気に当てはめると、1kWhを追加で発電するときの追加費用と考えてよいと思います。

なぜ再生可能エネルギーで限界費用ゼロとなるのか

火力発電であれば、1kWh追加で発電するときには、必ず燃料を必要とします。燃料はタダではないので、1kWh追加で発電するときには燃料費がかかります。ところが、太陽光発電や風力発電は一度発電設備を建設した後は燃料がかからないため、(その設備容量の中で発電する場合には)限界費用はゼロとなります。

正確には、太陽光発電や風力発電もO&M(オペレーションとメンテナンス)を必要としますので、限界費用はゼロにはなりません。ただ、O&M費用は設備投資に比べて十分小さく、ゼロと見なして問題ないということです。

限界費用ゼロのエネルギーは新しいか

発電費用を資本費(設備投資)と運用費(O&M)に分けると、太陽光発電はこのうちの運用費がゼロに近いため、限界費用ゼロを達成できるということでした。それでは、このような費用構造は発電において全く新しいかというと、そうではありません。

水力発電が似たような費用構造となります。すなわち、莫大な設備投資がかかりますが、燃料費がかからないために運用費は設備投資に比べ十分小さく、限界費用ゼロと見なせます。IRENA(International Renewable Energy Agency)が発行した「Renewable Power Generation Costs in 2019」p99によると、毎年のO&Mは設備投資の1–4%であり、十分小さいことが分かります。

リフキンの「無料で潤沢なエネルギー」

ここから議論に移ります。ジェレミー・リフキンの著書「限界費用ゼロ社会」が「限界費用ゼロのエネルギー」という概念の普及に大きく影響したと考えており、リフキンの著書を参照します。

同書には「無料のエネルギー」という項があり、将来、再生可能エネルギーの普及とともにエネルギーの価格(費用ではなく、価格)がゼロに近い水準まで下がり、人類が潤沢(でクリーン)なエネルギーを利用できる未来が示唆されています。ここでは、概念整理を行いながら、そのような未来が来るか、考えてみたいと思います。

限界費用ゼロであれば電気はタダになるか

まず、限界費用がゼロになったからといって、発電事業者は電気をタダで提供できるわけではありません。なぜなら、発電事業者は売電収入により設備投資を回収する必要があるためです。発電事業者は売電収入により、ファイナンスした初期投資に必要な資金を返済するため、売電収入をとりっぱぐれのないようにするはずです。手持ち資金で発電所を建設する場合は、資金の返済はありませんが、投資回収の必要性は変わりません。

ただし、例外はある可能性はあります。発電事業者が非営利であり、発電所の投資回収が完了した後にその発電所で発電した電気をタダ(またはO&M費用のみ回収するためタダに近い価格)で供給できる可能性は否定できません。特に、発電事業者が共同組合であり、出資者がその地域の需要家の場合、電気をタダで提供するインセンティブが働きやすいのではないでしょうか。

単なる費用構造の特徴による限界費用ゼロだけでは特殊な場合(上記の共同組合など)を除き電気代タダは実現するとは限りません。実際、発電の費用構造に由来する限界費用ゼロだけで無料のエネルギーが実現するのであれば、古い水力発電所の電気はタダ同然で供給されることになりますが、現状はそうなっていません(水力は火力と比べると安いですが)。リフキンの「無料で潤沢なエネルギー」実現の根拠は別のところにありそうです。

IT・インターネット分野と再エネの類似点①指数関数的な性能・容量増加

リフキンは、IT・インターネットの分野で過去に演算能力、ハードディスクの記憶容量、光ネットワークを伝わるデータ量などが指数関数的に増加し、情報共有や演算費用の限界費用がゼロに近づいたことを指摘し、さらには、IT・インターネットの分野と再生可能エネルギーの分野の類似点を次のとおり2つ挙げています。

第一に、再生可能エネルギー技術のエネルギー採取能力は、太陽光発電と風力発電で指数関数的に増加しており、地熱発電、バイオマス発電、水力発電もそれに続く見通しだ。

ジェレミー・リフキン.限界費用ゼロ社会<モノのインターネット>と共有型経済の台頭(Kindleの位置№2044–2045).Kindle版.

「再生可能エネルギー技術のエネルギー採取能力」を評価する指標のひとつとして、設備利用率を挙げたいと思います。通常、設備利用率は年間の発電データから以下の通り計算されます。

設備利用率=(年間発電電力量[kWh])/(定格発電容量[kW]×8760[h])

ここで8760という数字は24[h/日]×365[日/年]です。発電機器の効率が上がったり、停止している時間が短くなれば設備利用率も上がります。また、設備利用率は太陽の日射量や風況など自然の要因による制約も織り込んだ値です。実際に、IRENAの前掲資料で太陽光発電の設備利用率が上昇した主な要因は、技術の向上ではなく、日照条件のよい地域に太陽光発電設備が設置されるようになったことによると説明があります。

IRENA前掲資料「Renewable Power Generation Costs in 2019」によると、太陽光発電、陸上風力、洋上風力の設備利用率は2010年から2019年で次のように推移しています。

2010年から2019年の太陽光発電・陸上風力・洋上風力の設備利用率の推移(平均および範囲)

2019年までのデータに関しては各技術の設備利用率は増加はしています。唯一陸上風力の設備利用率は増加の度合いが大きくなっているようには見えますが、まだリフキンが主張するように指数関数的な増加になるのか、線形な増加になるのかははっきりしないと言えるのではないでしょうか。

また、発電容量に関しては立地制約があるため、ムーアの法則の対象となっているマイクロチップに組み込まれる素子の数のような増え方はしないと考えます。内閣府の資料「革新的環境イノベーション戦略」では、以下の通り、太陽光発電に関しては立地制約を克服する研究開発が提案されています。

出典:https://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui048/siryo6-2.pdf

IT・インターネット分野と再エネの類似点②ITインフラの実績

リフキンが主張する再エネ分野とIT・インターネット分野の類似点の2点目は以下になります。

第二に、コミュニケーション・インターネットのインフラ確立の初期費用はかなりの額にのぼったものの、情報を生み出して流通させる限界費用はごくわずかであるのと同様、エネルギー・インターネットもまた、確立に必要な初期費用は厖大だが、太陽光や風から電力を生み出す単位当たりの限界費用はほぼゼロだ。情報同様、再生可能エネルギーも、研究、開発、普及の固定費を除けばほとんど無料なのだ。

前掲書 (Kindleの位置№2052–2056).Kindle版.

明示的ではありませんが、初期費用が高かったインターネットのインフラでも、情報流通費用がゼロ近くに下がるまで低くなり、再エネ技術でも同様なことが起こると解釈します。この主張は正しいように見えます。

実際、IRENAの前掲資料によると、太陽光発電、陸上風力、洋上風力の設置費用(発電容量kWあたりの費用)および発電した電気の平準化費用(LCOE, Levelized Cost of Energy=ライフサイクルでの総費用をライフサイクルでの発電量で割ったもの)は2010年から2019年で次のように推移しています。これら再エネの初期投資は厖大でありましたが、時間とともに設置費用も発電費用も下がってきています。費用の下落は特に太陽光発電で顕著です。

2010年から2019年の太陽光発電・陸上風力・洋上風力の設置費用(US$/発電容量kW)の推移(平均および範囲)
2010年から2019年の太陽光発電・陸上風力・洋上風力の平準化発電費用(US$/kWh)の推移(平均および範囲)

しかし、以下の2点は注意が必要と考えます。

無尽蔵に流通できるソフトウェアと発電容量で上限が決まる再エネ

まず、インターネットの世界では、限界費用ほぼゼロでデジタルコンテンツを無尽蔵に配布することができます。限界費用ゼロが驚く効果を見せたのは、出版・音楽配信・ソフトウェア・ゲーム・その他デジタルコンテンツの流通であり、ほぼ制限なしに(通信インフラの上限に制約されることなしに)情報を配信することができます。企業は損益分岐点を超えた後は売上をまるまる利益とすることができましたし、課金せずとも限界費用ゼロで情報を広く配信することを自身の戦略の一部として実施することができました。

電気は、ソフトウェアやデジタルコンテンツのようにコピーして無尽蔵に生産することはできません。もちろん限界費用ゼロで生産できたとしても、一定の発電設備から発電できる量は上限があります。ここが電気とソフトウェアとの性質の大きな違いであり、認識しておく必要があると考えます。(リフキンの著書では、これらを混合しているわけではありませんが、概念整理のために書いています。)

現行システムでは無料になりにくい託送費用

次に、送配電網を使った電力流通の費用は、既存の枠組みでは、送配電網に投資し、託送料金で回収するというやり方で、設備投資が運用費に比べて格段に大きく、限界費用ゼロといえます。しかし、現行の枠組みでは、託送料金を無料にできる可能性はほとんどないように思えます。

その理由は、屋根置きの太陽光発電など分散型エネルギーリソースが増えると送配電網を流れる電気は減るため、kWhあたりの託送料金は高くなる傾向があります。すると、需要家は高い託送料金を嫌い、ますます託送に頼らない分散型エネルギーリソースが増え、ますます託送料金が上がる要因になります。これを「デス・スパイラル」と呼びます。

住宅を例にすると、屋根に太陽光発電を設置すれば10円/kWh相当で電気が手に入る、しかし電力会社と契約すると26円/kWhくらいかかるという世界で、屋根に太陽光発電を設置したい人は多いのではないでしょうか。そして、太陽光発電の費用が下がるほど設置のインセンティブは増すのではないでしょうか。

このように、送配電網を使った電力流通の費用は劇的に下がる要因があまりないように見えます。しかし、リフキンは、既存の送配電網に頼らない新しい電気の流通方法を考えているのかもしれません。

インターネット・テクノロジーと再生可能エネルギーは、融合してエネルギー・インターネットを創設し始めている。エネルギー・インターネットは、社会における発電と送電の仕方を変えるだろう。来るべき時代には、何億もの人が自宅やオフィス、工場で自ら再生可能エネルギーを生産し、エネルギー・インターネットを介してグリーン電力をシェアするようになる──私たちが現在、オンラインで情報を生み出し、シェアしているのとまさに同じように。インターネット通信によってグリーンエネルギーが管理されれば、文字どおりの意味でも、比喩的な意味でも、地球上のあらゆる人がみな自らの電源になる。

ジェレミー・リフキン.限界費用ゼロ社会<モノのインターネット>と共有型経済の台頭(Kindleの位置№2058–2062)..Kindle版.

この文章の「シェアする」というところは、既存の送配電網を使うのか、その他の方法(水素についても同書で言及あり)を使うのか、必ずしも明確でありません。しかし、至る所で再エネによる発電が行われる未来を描いているということは確かなようです。

まとめ

太陽光発電の費用の低下とそれに伴う規模の拡大は凄まじく、将来の無料で無尽蔵なエネルギーを十分示唆すると言っても過言ではないと考えます。

しかし、上記で見てきたように、発電費用は低くなっても、電力流通に伴う費用は現行の方法を継続する限り、電力流通に費用低減要素があまりありません。加えて、発電費用の中にも土地取得・賃貸、許認可費用や工事費など指数曲線的な性能向上または費用の低減が期待できないものもあります。上記IRENAの資料p61によると、太陽光発電モジュールの費用は2010年から2019年で90%低減しましたが、全体の中での技術要素(モジュールとインバータ)は36%であり、技術要素の費用低減による全体の費用低減は限定される方向にあると言えそうです。

電気が無料で無尽蔵に使える世界は近づいているとは思いますが、その速度はおそらく国や地域によって大きなばらつきがありそうです。リフキンは、太陽光発電による電気は2030年までには 現在の石炭火力発電による電気の半値になると予測していますが、世界では、石炭火力による発電費用は12円/kWh程度(11.2USセント/kWh)であり、以下の資源エネルギー庁の資料によると、すでに2020年で達成しています。日本では、石炭火力発電の費用は同様に12–13円/kWh程度であり、太陽光発電の発電費用がこの半値になるのはまだ時間がかかりそうです。

出典:https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/033/033_004.pdf

その後は、費用が下がりにくい要因のために壁にぶつかるかもしれません。また、一つの可能性ですが、無料に近い電気が実現する地域は、送配電費用に制約されない地域ということで、現在送配電インフラがない地域になるのかもしれません。

タイトルの「電気代タダ」の実現要素は、おそらくこの記事で議論した以外にもあります。限界費用がゼロ近くに十分低くなった電気代を他のものに混ぜて売り、見えにくくするといった売り方がそのひとつです。そうした電気の売り方に関しては、また別の機会に考察しようと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました。本記事執筆に際し、KNさんにご意見を頂いたことを感謝致します。ご意見はyasuhiko.ogushi@gmail.comまでお願いします(すべて小文字にしてください)。

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