ひとりの人間として

BABA yuhei
馬場祐平 学欲日誌
2 min readNov 19, 2016

「大学生」や「社員」や「大人」になるのではなく

昨夜はどうすればセンプレ生により良き学びを届けられるかのオンラインミーティング。現在、第一期の卒業生であるネクスト生の中で、手を挙げて関わりたいと言ってくれた3人がカスタマーサクセス(CS)チームのメンバーとして活動している。

1年前には、今のセンプレ生と同じく受験の真っ只中にいた彼らの視点は、十数年前に自分の大学受験を終えた僕とはまったく違う。様々な視点からの気づきをぶつけ合う中で、これまで誰も見えていなかった創造的な学びが生まれる。これがチームワークの醍醐味だ。

慣れるまで、多人数でのハングアウトでのミーティングはリズムがうまくつかめない。CSチームの大学生3人は、はじめはどんな発言をすればいいのだろう、と遠慮しているように思えた。でも、2時間のミーティングが終わりに差し掛かる頃には自分の気づきを積極的に発言していた。

それだよ。

「大学生」という枠に安住すると、その外側の世界に「自分が踏み込んでいいのかな」という甘えが生まれる。そのような甘えを持ったまま「新入社員」になると、その組織の上役に遠慮してしまう。あるいは「大人」として振る舞わなくては、といった気持ちが生まれる。

でも、ひとりの「人間」としてその場に参画するならば肩書は関係ない。

18歳は、32歳よりも優れたアイデアを出さない、なんてはずがない。サッカーのコート上で先輩に遠慮する選手にボールは渡ってこない。自分が所属する場や肩書を気にせずに、その場における自分のベストを尽くそうとする。結果として、それがチームの為になる。

一人ひとりがそうしたマインドを持つことによって、組織の創造性は活性化される。

集団のクリエイティビティは、権力構造のトップではなく、いちばん下に託されている。この社会の「草の根」で活動する一人として、僕はそう考えている。

だから、より良き学びの場を作りたいと願うひとりの「人間」として、これからも遠慮なくガンガンやっていきましょう。

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