自粛にみる社会正義

川村祐貴 Yuki Kawamura
Generation Z
Published in
6 min readMar 28, 2020

25日、小池都知事は東京都が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の「感染爆発の重大局面」にあるとの見解を述べ、不要不急の自粛等を促した。

裏腹に、テレビのインタビューでは若者を中心に「感染する心配をしていないので自由に行動する」という旨の回答も聞かれる。もちろん、あらゆる意見を視聴者に伝えるために、極端な意見をも報道する制作者の意図もあろう。そう信じたいが、私個人の知りうる限りでは、「自粛」をあたかも「長期休暇」であるかのように捉え、ためらいもなく旅行や花見に出かける人が確実に存在していると感じる。

あまりに軽率ではなかろうか。19世紀の政治哲学者ミルは『自由論』において、権利や自由は最大限守られるべきだが、他人に危害を及ぼす場合は一部制限することが妥当、と述べている。我々が直面しているシナリオは、後者だと感じる。

米国CDCの発表(1)によると、米国で入院が必要と判断された患者数の38%を20–54歳の人が占めている。死亡率は少ないにせよ、若い世代や中年の人も重症化するということだ。入院患者数の増加は年齢に関係なく限られた医療のリソースに負担をかける上、実際若者の死者も出ている。それだけでなく、未だ感染の詳細については明らかになっていないが、新型コロナウイルスの感染力はインフルエンザの2–3倍(2)、また中国国内の感染の79%が無症状の感染者による媒介であるというデータ(3)もある。自他ともに感染に巻き込むリスクを鑑み、強制力のある外出禁止令の施行はさておき、最低限自主的に不要不急の外出を慎むことは当然の帰結でないのか。

一方、自粛の経済的影響による生活の困窮を軽減あるいは防止する政策の整備も急務である。「コロナ疲れ」「解禁ムード」などの言葉に表れている通り、自粛の長期化に対する不満が募っていることも否めない。しかしながら、自粛による経済打撃を憂慮して「自粛を解除し、ゆるやかに国民全体を感染させるべき」という声には異議を唱えたい。データにそぐわないだけでなく、むしろ経済打撃を悪化させうるのではないか。

現在、全世界で感染者数が「指数関数的に」伸びている。新型コロナウイルス感染症は1人の感染者が平均およそ3人を感染させ(2)、その3人もまたそれぞれおよそ3人を感染させる。最初の感染者がたった1人でも、無制限に広がれば瞬く間に多くの人を感染させるということである。また、高校で微積分を学んだ人はご存知だろうが、指数関数の増加率も指数関数である。つまり、医療機関は右肩上がりに増加する新たな患者を受け入れる必要があるのだ。当初外出禁止令に難色を示していたニューヨークやロンドンでさえ、感染者の爆発的増加により医療や日々の生活に支障をきたし、都市封鎖を余儀なくされた。外出制限は、治療薬やワクチンもない新型コロナウイルス感染症に対して唯一講じうる措置であり、その効果は認められている(4)。「ゆるやかな」感染を目論むのは時期尚早であるし、感染爆発への対抗策としての都市封鎖は早期の自粛よりも多大かつ長期的な経済的代償ではないのか。

もちろん、経済的打撃を無視するべきと述べているのではない。しかし、経済的打撃や生活の困窮を根拠とした批判の矛先は、政府による救済策の遅れに向けられるべきで、外出の自粛自体を批判することは問題を取り違えている。テレワークの環境が整備できず収入を得るために外出せざるを得ない職種や雇用形態の人々が不利な立場に置かれていることは、自粛に対する批判ではなく、早急な対策法整備の根拠となるべきである。そもそも、自由な人の往来により感染が爆発的に広がった場合、最も影響を受けるのはまさに自粛により生活基盤を揺るがされた人たちではないのか。自粛による影響を防ぐために自由な人の往来を推進し、感染爆発が起きてから封鎖を行うことは、本末転倒の結果を招くことになりかねない。まして、感染により長期の入院を強いられることがあれば、生活の困窮はさらに悪化するだろう。それよりも、感染の拡大を最低限に抑え平時の生活にできる限り早く戻れるよう、政府が大胆な生活援助を行うと同時に 外出自粛を求めることが得策である。

20世紀の政治哲学者ロールズは、最も不遇な状況におかれた人々の暮らしを改善できる社会にこそ社会正義が宿ると述べている。我々は現在、一人一人の行動次第で社会正義を脅かすことも、推進することもできる。同時に、外出の自粛は国民の安全と安定した生活を守る総合的な対策のごく一部である。感染症拡大により生活基盤を揺るがされる人々に対する収入の保障などの大胆な政策なくしては、釈根灌枝である。

長い冬の終わりに色づく来年の桜は、きっと美しく咲き乱れるであろう。

1. CDC COVID-19 Response Team. Outcomes Among Patients with Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) — United States, February 12–March 16, 2020. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2020;69.

2. Wang L-s, Wang Y-r, Ye D-w and Liu Q-q. A review of the 2019 Novel Coronavirus (COVID-19) based on current evidence. International Journal of Antimicrobial Agents. 2020:105948.

3. Li R, Pei S, Chen B, Song Y, Zhang T, Yang W and Shaman J. Substantial undocumented infection facilitates the rapid dissemination of novel coronavirus (SARS-CoV2). Science. 2020:eabb3221.

4. Kraemer MUG, Yang C-H, Gutierrez B, Wu C-H, Klein B, Pigott DM, du Plessis L, Faria NR, Li R, Hanage WP, Brownstein JS, Layan M, Vespignani A, Tian H, Dye C, Pybus OG and Scarpino SV. The effect of human mobility and control measures on the COVID-19 epidemic in China. Science. 2020:eabb4218.

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川村祐貴 Yuki Kawamura
Generation Z

イェール大学理学部分子・細胞・発生生物学科、同研究科所属。工学部生命工学科、医学部心臓外科研究員。柳井正財団奨学生、孫正義育英財団正財団生。