定型発達者ー普通な人、それも一つの脳の個性です

定型発達者って?

発達障害者は、当事者会で集まると「定型発達者」という言葉が頻繁に出てくる。空気が読めず、周りから浮いてしまう、マルチタスクができず周りを困らしてしまう・・・などの苦悩を語りながら、

「定型発達者ってうらやましいよな」

と、多くの人がため息交じりに語る。

彼ら・彼女らに話を聞くと、「定型発達者」とは、器用に生きていて、空気が読めて、人間関係に苦労しない、協調性のある人、色々な仕事を並行してできる人、などという答えが返ってくる。

カウンセラーが語る「定型発達者」とは?

筆者も多くの発達障害の当事者同様に、自身の凹凸に悩み、「定型発達者」がうらやましいと感じたことが多くある。「定型発達者」とは何か、分からず、悩み、とあるカウンセラーのに聞きに行った。

カウンセラーの方は、「定型発達者」とは、原始時代の洞窟の中における共同生活に適応した人類という仮説をとっていた。カウンセラーの方に相談すると、まず、

「洞窟の中で、火による薄暗闇で家事をする光景をイメージしてください」

と言われた。カウンセラーは、洞窟の中の暮らしに必要なスキルを以下のように挙げた。

・口頭による「あれをやって」「これをやって」という曖昧な指示を想像するスキル。

・薄暗闇で空気を読みながら共同作業するスキル

・「水を煮炊きしながら、野菜を切り、切った野菜を煮立ったら鍋に入れて」というよう な、複数の指示を一発で聞いて作業をするスキル。

上記をまとめると、①曖昧な指示を理解する想像力、②空気を読む力、③マルチタスクを口頭で理解する力が洞窟暮らしでは必要となる。そのカウンセラーの方は、人間が数万年間、洞窟の中で家族や親族と共同生活をしてきたため、上記の力が必要だったと考えている。そのため、定型発達者とは、洞窟の中の暮らしに最適化した人類と考えている。

一日中図鑑や本を読み、探究心が旺盛で、空気が読むのが苦手なタイプの発達障害者については、文字が出現した後の社会に適応した人類だと考えている。このタイプの発達障害は、文字や図画を理解する力が高く、情報処理能力が高いという長所がある反面、空気を読む力が退化した、という考え方をとっている。

私がお世話になったカウンセラーの先生は、発達障害とは、脳が社会に適応し、進化した形態という考え方を取っていた。

定型発達症候群?ー定型発達者も障害?

http://www1.nhk.or.jp/asaichi/hattatsu/about_nt.html

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50640?page=4

「定型発達者」もまた一つの障害、定型発達症候群ではないか?とする考え方も最近ある。NHKの定型症候群では、以下のようなチェックリストがある。

・暇なときは誰かと過ごしたい

・集団の和を見出す人は許せない

・社会の慣習にはまず従うべきだ

・はっきりと本音を言うことが苦手

・必要なら平気でウソをつける

アメリカの自閉症協会の「定型発達者」の定義には、テレビやコマーシャルやを称賛し流行を模倣する、暗黙の了解でコミュニケーションをとる傾向がある、などが挙げらrている。

発達障害者から見ると、実は、「定型発達者」も奇妙な人たちだ。必要ならウソをつくことが出来て、「普通」というものを何となく共有する不思議なコミュニケーションをとる人たちに見える。福祉の世界では、発達障害者の「自立」を支援するという言い方が存在するが、実は、定型発達者は社会の慣習や周囲の称賛に従って生きているだけで、発達障害者の方が「自立」しているということも考えることができる。

上記のカウンセラーの見解を採用すれば、人間が洞窟暮らしの時期が極めて長かったので生まれた認知形態であり、たまたま今の時代において多数派を占めているということであろう。

私たちの考える定型発達者

「定型発達者」自体が、一つの特殊な認知形態、特殊な障害だとすれば、それも一つの個性となると考えている。発達障害の当事者の多くが、「『定型発達』vs『発達障害』」の図式を作りがちになり、しばしば「なんでも出来る人」と「定型発達者」を嫉妬してしまう光景があるようだ。

そうではなく、「定型発達」自体が脳の個性と客観的に捉えれば、一つの個性として受け入れ笑い飛ばすことができるのではないだろうか。