なぜキューバでは牛肉が「禁止」されているのか

Misato Okaneya
global-bee
Published in
6 min readNov 11, 2018

キューバでは牛肉が「禁止」されている。正確には、許可された外国人向け飲食店などでは食べることができるし、高い金を出せばスーパーでも買えるので、完全禁止ではない。またちょっと詳しい人だと、禁止されているのは牛肉を食べることではなく「牛を飼っている人が自分のところで牛を屠殺すること」だと言うのだが、ふつうに生活する人、特に地方の人は「牛肉は違法、食べたら逮捕される」と思っていることが多い。

普通に市場で売っているのは鶏か豚。牛は、冷凍の輸入物がスーパーで買えるが高い。

しかし、誰に理由を尋ねても「禁止されているからだめなんだ」と答えるだけで、本当のところがわからない。文献を調べてみても書いてあることがまちまちで確かなものが見つからなかったので、色々可能性を考察してみた。なお、牛肉食禁止の合理性を様々な面から考えてみたもので、結論をだすことを目指してはいない。

宗教上の禁忌

もちろんそんなことはない。

インドではヒンドゥー教が国教のため聖なる生き物として牛を殺すことが禁止されているが、キューバは宗教の自由を宣言している。革命の精神から、何よりも「自由」を大切にしているこの国では、人種差別も制度的には排斥されているし、政治においても言論と思想の自由があり、同性愛も認めようとしている。そんな国において一部の人の宗教を理由に全国民の食を制限するはずはないし、そもそも大方はカトリック教徒と無宗教者だ。

牛は貴重な労働力

ソ連崩壊後の深刻な燃料不足を解決するために、食用の牛はすべて強制的に農作業用の牛になった、という説がある(たとえばこちら)。確かに田舎に行くと馬が車を引き、牛が畑を耕している。ソ連崩壊後、燃料と資源不足に直面したキューバの農業は、家畜と堆肥を使った有機農業に転換した。今は大規模農家は政府よりトラクターや肥料が与えられるが、それ以外の多くの農家では牛が「自然のトラクター」として活躍している。農業において牛が重要な労働力であることは間違いないが、しかし畑を耕すのは去勢されたオス牛。肉牛としてより好まれるのはメス牛であり、やや説明性に欠ける。

畑を耕す去勢されたオス牛。化石燃料のいらない自然のトラクターだ。

人間の食料を減らさないため

牛は鶏や豚に比べてたくさんの資源を食べる。牛肉1kgの生産に必要な飼料は20kg、鶏肉や豚肉の2倍以上だ(Smil(2011), Enriching the earth)。人間の食料確保すらままならないのに、牛肉の需要が増えたらますます食料生産は逼迫する。牛の代わり鶏や豆を育てた方が多くの人を養える。

人間の食料とのバッティングという意味では一般的には豚の方が問題が大きいが、豚や鶏は家の敷地内で飼って残飯を与えて育てられる。どうせ捨ててしまう食事で生産できる豚肉に比べて、追加の土地や資源投入が必要な牛肉は、食料生産の可耕地を侵食する危険がある肉とも考えられる。

豚や鶏は、都市部の一般家庭の庭でも飼われている。

緊急時のために確保している

「軍用なんだよ。軍は理由を言わないけどね。」と教えてくれたのはキューバ人のジャーナリスト。

牛は労働力にもなり、乳も提供するし、最後は肉として食料にもなる。豚と違って病気を媒介しにくいし、放牧しておくことができるので、何かの事情で戦争状態になった場合には重宝する。アメリカからの経済制裁を半世紀以上受け続け、常に緊張関係を持っているキューバでは、ちょっと都市伝説に聞こえるようなこの説もありえなくはない。内容の信憑性はさておき、そんな国際的緊張関係を反映した市民意識にはっとさせられる。「国が禁止理由を説明しないのには理由がある」というのは一理あるのかもしれない。

「最も必要としている人」に効率的かつ平等に行き渡らせるため

一般の人が牛肉消費から遠ざけられる一方で、実は与えられている人達もいる。子供と、病気の大人だ。栄養不足を解消するため、子供は学校給食で、病気の人は配給で、牛肉を食べられる。

そもそも食用できる牛の頭数は限られている。「すべての人の平等、ただし最も虐げられた人の解放」を掲げる革命思想に則ると、市場原理に任せて金持ちだけが貴重な栄養源である牛肉を食べられるということはあってはいけないはずだ。確実に必要な人に行き渡らせるために他の人が食べることを制限するのは、キューバらしい制度と見ることもできる。ただし、同じように病気の人にだけ与えられる配給食材は牛乳など他にもあるが、その中で一般の人が食べることが制限されているものは牛肉だけであり、牛肉だけ特に徹底しなければいけない必然性がよくわからない。

配給手帳、病気の人だけが受け取れる品物のページ。肉の他には、鶏や牛乳やイモ類も。

結局なぜ牛肉が「禁止」なのか

確かなところはわからない。いくつかの可能性を考察してみたが、いずれもキューバ社会の一抹の真実を反映しつつ疑問も残る。ただ一つ言えるのは、政治・歴史・社会など多面的に考えて牛肉消費を制限することは理にかなっていて、「キューバらしい」と言える制度だということだ。

牛肉を誰もが鶏や豚と同じように食せる日が来たら―。それは平等と弱い人への配慮を重んじるキューバらしさが失われる日ではなく、国際関係がよくなって誰もが安心して食べられるようになる日であることを切に願う。

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Misato Okaneya
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このブログはアーカイブです。noteに引っ越しました。 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx 岡根谷実里 / 世界の台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしています。料理から見える社会や文化や歴史や風土のことを、主に書いています。