コロンビアの「主食」はトウモロコシかイモか

Misato Okaneya
global-bee
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8 min readApr 8, 2019

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南米大陸は、われわれが日々食べている身近な食材をうみだした「大原産地」だ。トウモロコシジャガイモもその食材の一部で、コロンビアの生活にも深く根付いている。

たとえば代表的なスープの一つ「サンコーチョ」は、トウモロコシと二種類のジャガイモが欠かせない。さらにキャッサバ芋、そして揚げたプランテーン(調理用バナナ)が入り、そこにごはんが添えられる。世界各地の主食という主食が一皿にすべて用いられ、とっても炭水化物リッチな一品だ。

多種多様な炭水化物食材のライフストーリーを、一つ一つ見ていきたい。

サンコーチョ

粉が変幻自在な「トウモロコシ」

間食に目をやると、トウモロコシの活躍に目を見張る。

料理に使う場合は穂軸のままの「マソルカ」が多いが、軽食には粉の利用が多い。

「マソルカ」としての利用

軽食の定番のアレパ(トウモロコシ粉のパンケーキ)とエンパナーダ(トウモロコシ粉の皮に肉やイモなどの具材を包んで揚げたもの)はいずれもトウモロコシ粉で作られるが、両者の粉は加工方法が異なる別物だ。

アレパ(左)は真っ白な粗粉、エンパナーダ(右)は黄色の粗挽粉で作る。見た目も味も全く違い、代用は不可能。

焼き菓子やパンに使うのは、黄味がかったトウモロコシ粉で、焼き上がりの美しい黄金色とふわふわした食感は他の粉では叶わない。3種類以上のトウモロコシ粉を自在に使い、無限の料理が生み出される。

(左) 黄色く細かい粉で作る焼菓子 / (右) アレパ用とケーキ用の二種類のトウモロコシ粉

トウモロコシの原産はアンデス地域と言われ、このあたりで大昔から重要な穀物だった。我々日本人が米をそのまま食べる以外に様々な米粉(上新粉、白玉粉…)にして活用するのと同じように、彼らのトウモロコシ使いも長い歴史の中で培われてきた知恵と工夫が詰まっている。

(参考: Britanica)

品種ごとに役割がある「ジャガイモ」

トウモロコシと並んで深い文化があるのが、ジャガイモだ。

ジャガイモは、アンデス原産で昔から食されてきた歴史ある作物だ。現在日常的に使う品種は3種類とペルーほど多くはないものの、それぞれのジャガイモに役割があるのはユニークだ。一つの料理に複数品種をあわせて使うところに、ジャガイモとの付き合いの長さを感じさせられる。

(左) 煮崩れさすのと食感を楽しむのと、一つの料理に二種類のジャガイモを使う / (右)指大の小粒ジャガイモも

なお、同じイモでもキャッサバは熱帯産のイモであり、海岸沿いやアマゾンの暖かい地域で栽培される、この地域では比較的新しい作物だ。

(参考: FAO potato)

アメリカからの政治的新興勢力「小麦」

しかし歴史の長さを飛び越して、小麦の勢力も無視できない。手軽な朝食の定番は世界の例に漏れずパンやクラッカーで、これらは夕食や間食などにも食べるので台所に常備されていることが多い。

冷蔵庫の上にはクラッカー、食卓にはパン。いつでも食べられるものとして常備されている。

小麦は1955年以降にアメリカの政策(余剰作物輸出法, PL480)により大量に入ってくるようになった比較的新しい穀物で、生活の中で活用する知恵はトウモロコシやジャガイモに比べて圧倒的に薄い。家で食材として使うよりも、加工済みの形で購入して消費することが多いように見受けられる。

パンやクラッカーは、手間を外部化できたりすぐ食べられる状態で保存が効くこともあって都市部だけでなく地方でも補助的な食料として重宝されている。一日二回の間食が食事として位置づけられていて軽食需要がある文化背景も相まって、輸入依存の状況でありながら小麦需要は底堅い。

(参考: 海外援助の弊害〜コロンビアとPL480)

熱帯アジア原産の「プランテーン」

ここまでは主に寒冷地で育つ作物を紹介したが、熱帯原産のプランテーンもコロンビアの炭水化物として欠かせない。

市場にて。

プランテーンは調理用バナナとも呼ばれ、甘くないイモのようなバナナだ。輪切りにしたものを揚げて潰してまた揚げる「パタコーン(パタコーネス)」は、どこの家庭でも作られて用途が広い。

パタコーネスは、切って揚げて潰してまた揚げる。

海岸沿いの暑い地域ではそのままチーズや卵を添えて朝食になり、アンデスの寒冷地ではスープに入れたり料理に添えたりと食材のひとつとして使われる。

(左) 海岸沿い暑い地域の朝食 / (右) 寒冷地のパタコーン入り昼食スープ

プランテーンはおそらく15世紀にスペイン人が入植した時に栽培開始させられた作物で今も集約的生産が行われているが、500年の時を経てこの土地の食文化の一部になったと言って過言でない。首都の位置する寒冷地でも食材として用いられるが、奴隷として連れてこられたアフリカ系住民が住民の大半を占める海沿いのチョコ県では特に重要な食料だ。毎日リアカーでプランテーン売りが来て、朝に夕にプランテーンを使う様子からは、これが主食のような地位を占めていることがうかがえる。

結局一番強い「主食」な炭水化物は…

多様な気候を擁するコロンビアではこのようにいろいろな炭水化物が食されているのだが、一体我々がもつ「主食」というイメージに一番近いのはどれなのだろうか。

それは、歴史の長いトウモロコシとジャガイモのどちらでもなく、便利な小麦やプランテーンでもなく、「米」のようだ。一番大事な炭水化物は何かとコロンビア人に尋ねると、みな口を揃えて米と言う。肉でも豆でもスープでも、あらゆる食事にはいつも白米が添えられ、油・ネギ・塩とともに鍋でごはんを炊くことは毎日ほぼ無意識に行われる。

イモや他の炭水化物があっても、米は必要。米炊きは毎日。

米は1990年代の品種改良や研究によって生産量が伸びた新しめの低地作物だが、他の作物に比べて保存性がよかったり生産効率がよく安価なこともあって栽培量が増え(参考)、また雇用創出の側面からも重要な役割を持つ。貧しい家庭にとっては特に重要な食料だ。2000年代以降の生産量減少や自由貿易協定により輸入頼りになった現在も、国中の家庭で無くてはならないものになっている。

(参考: Britanica, National Encyclopedia, Ricepedia)

大航海時代に始まるグローバルな「ねじれ」

南米原産のジャガイモは今やヨーロッパの方が消費量が多く、トウモロコシはアメリカと中国が大消費地で食用以外の需要が増加している(バイオエタノールや飼料)。一方南米コロンビアでもっぱら食される米はアジア原産で、輸入も多くされている。このねじれは、大航海時代にやってきたヨーロッパ人が新大陸と旧大陸との間で行った「コロンブスの交換」にはじまっている。新大陸からヨーロッパに様々な作物が持ち込まれ、新大陸には熱帯プランテーション作物が黒人奴隷とともにもたらされた。

ねじりねじられ発展した食文化は、大航海時代のヨーロッパ人の欲望に 近年のグローバル食品企業の活動が加わり、100年以上の年月を経て変化してきた「食文化の発展」の果実とも言える。付き合いの長いトウモロコシやジャガイモは活用の知恵が豊富にあり、最も歴史の浅い小麦は加工品として消費される。最初は押し付けられた作物でも、栽培や価格の合理性から市民権を得たプランテーンのような作物もある。

そんな一つ一つの作物のストーリーを知ると、どれが一番とか主食ということも実はなくて、一つ一つの作物が民族に固有の歴史を負って食卓で活躍しているようにも思えてくる。

コロンビアの食卓の炭水化物は、国の歴史を誇らしく雄弁に語っている。

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Misato Okaneya
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