ブルガリアの国民的サラダの意外な生い立ち

ブルガリアの夏の食卓には、毎日のようにサラダが上る。真っ赤に熟れたトマトを大ぶりに切り、きゅうりと白いチーズを合わせ、ひまわり油と塩で味付けする。シンプルだけれど飽きない、鉄板の組み合わせだ。レモン汁や酢が入ったりパプリカや玉ねぎを加えたりと若干アレンジはあるが、三つの食材の組み合わせはどの家庭でも同じだ。迷いなくトマトときゅうりとチーズを出してきて作りはじめる。

家庭で流れるように自然に作られる

このサラダはShopska salad(ショプスカサラダ)といい、ブルガリアを代表するサラダだ。その起源を調べてみると、1960年代に社会主義政権の下で観光促進の一環として考案されたものらしい。5~6個あったレシピの中で唯一残ったものだというが、今や「ブルガリアといえば」というくらい認知度の高い名物料理になっている。(参考)

レストランでも必ずメニューにある

だが、このサラダは観光名物に留まらず家庭料理として浸透している。

それを強く感じたのは、若い夫婦の家でショプスカサラダを作っていた時だった。酢を入れる入れないや塩の量で夫婦で口論になり、まるで日本の味噌汁の濃さをめぐる争いのよう。単によく作るだけではなく、それぞれの家で培われた味がある。これこそ国民的家庭料理と言えるだろう。

人為的に生み出された料理が、観光資源に留まらずこれほどまでに家庭に浸透したのは、ブルガリアの土地と家庭の必然に合っていたからだと考えられる。


夏になると、ブルガリアの市場には山ほどのトマトが1kg150円ほどで並ぶ。よく売られているのはKurtovo Pink Tomato(ピンクトマト)と呼ばれる品種で、ブルガリアのKurtovo村で生まれた品種だ。300~500gほどもあり両手から溢れるほど巨大で、皮が薄くて甘みが強く、太陽を飲んでいるような気持ちになる。食文化保護の観点から、国の保護対象にも指定されている。 (参考)

スーパーのと比べてみると、色も大きさも差は歴然だ。

崩れそうなほどに熟れたピンクトマトは小さくは切れない。ざっくざっくと大ぶりに切る。

チーズはSirene(シレネ)という白いチーズで、ギリシャのフェタにも似ているが、ちがう。ブルガリア菌の仕事で作られる、ブルガリアならではのチーズだ。余談だが、何人かに聞いたところシレネが食卓に上らない日はほとんどないと全員が口を揃えて言っていた。あらゆる料理に使われるという意味では、日本人の醤油や味噌のようなものだろうか。それくらいブルガリアの家庭の食に欠かせない食材だ。

(右) おろし器でおろすこともあるが、家では単純に手で崩すこともある。

和える油はひまわり油。ブルガリアは、バラとラベンダーと並んでひまわり栽培が盛んで、都市を離れると道の両脇にひまわり畑が広がる。

これらをざっくり混ぜ合わせる。トマトが崩れて皿の底にジュースがたまるが、これにパンを浸して食べるのが醍醐味なのだそうだ。サラダ本体もおいしいけれど、確かにこのジュースがなければショプスカサラダを食べた気がしない。輸送に有利な硬いトマトでは、このジュースは決してできない。

底に溜まったジュース。この時はカラーピーマンを入れたので黄色がある。

ところで、ショプスカサラダの白・緑・赤は、ブルガリア国旗と同じ色だ。ブルガリア菌の仕事で作られる白いチーズシレネ、きゅうり、皿の底のジュースを作り出すピンクトマト、それに一面に広がるひまわり畑から搾られたひまわり油での味付け。ブルガリアの家庭だったらあふれるほどある最も身近な食材ばかりだが、よその国で作ろうとすると同じものはできない。

ブルガリア国旗。白は平和と友好、緑は農業と森林、赤は軍隊の勇気、というのが一般的な意味。

生まれるべくして生まれた、味も見た目もまさにブルガリアのサラダだ。

レシピはこちら。
https://cookpad.com/recipe/5199726