社会主義が変えたブルガリアの食卓

ブルガリアの文化や歴史を語る上で要になる出来事が三つある。1878年のオスマントルコ支配からの解放、1946年社会主義国家の成立、1989年社会主義政権崩壊だ。ブルガリアで食について話を聞いていても必ず出てくる出来事なので、これらの政治的変化が人々の食卓にどう影響を及ぼしたのか、聞いたり読んだりしたことを元に考察してみたい。

1878年オスマントルコ支配からの解放:都市の食卓に西洋の風

ブルガリアは、14世紀から500年に及んでオスマントルコに支配されていた。この時期の名残は、ロクムやハルヴァなどのトルコ由来の食べ物が今も広く食べられていることにも見られる。

ブルガリア西部のYablanitsa町はロクムとハルヴァが名産

露土戦争を経て1878年にトルコから独立すると、ヨーロッパの文化が一気に流入した。これにより都市のライフスタイルが変化し、食べるものも変化した。1日3食の食事、お菓子、デザートなどが現れたのもこの時期だ。調理ストーブや冷蔵庫などの調理家電も登場した。

西洋化の中心地であったRuseの街の民俗博物館の展示

しかし都市のブルジョワ層から始まったこの変化の波及は緩やかで、農村の食卓は伝統を留めたままだった。保存食作りなど季節の行事があり、素焼きの鍋で煮炊きをし、祭事の料理を作っていた。

1946年社会主義国家の成立:農村部でも文化としての食の衰退

けれどもその農村の食卓も、社会主義政権には抗えなかった。

食材がなかったわけではない。むしろ、共産主義の思想の下皆に分配されるので、食材は充分にあった。ただ機会が失われた。信仰が禁じられたことで、イースターやクリスマスなどの宗教行事に紐づく食文化が途絶え、習慣とともに技術が失われたという。たとえばKozunak(コズナック)はイースターの時に作る特別なパンだが、地域ごとの特色があったのが失われ、どんな種類があったのかよくわかっていないそうだ。

写真出典:Learn Bulgarian Easily

また、工場労働のために都市への転居を求められる人も多く、農村には老人だけが残った。継承が難しくなり、お腹を満たすためではない「文化としての食」が農村でも衰退した。

農村からの人口を収容するために建てられた、大量の画一的なアパート。今も各都市で使われている。

1989年社会主義政権崩壊:食料の欠乏と品質低下

そして、社会主義崩壊後のことも忘れてはならない。国が所有していた共同農場が解体され、人々は一切の設備も機材もなくゼロから農業や畜産を始めなければならなかった。その時代を経験した人は、大昔の原始的な器具を出してきて再開したと語る。

Dryanovo村の酪農家の牛舎。親から受け継いだ築100年の建物を未だに使っている。機械と言えるものはたった一台の搾乳機だけだが、それでも元々あったから事業ができている。

多数の小規模零細生産者とほんの一握りの大規模生産者(政権関係者)からなる生産体制は、著しく効率が悪く生産量が低い。食料が不足し、都市も農村も問わず人々は食べられない欠乏の時代を味わった。

経済が上向いてきたのは1990年代半ば。食べるものも手に入るようになってきた。しかし、食料生産に資本主義の考え方が持ち込まれたことで食べ物の品質が落ちたと語る人は多い。「社会主義時代は選択肢が豊富にあったわけではないが、本物の食べ物があった。今はお金さえあればいろいろなものが手に入るけれど、チーズやヨーグルトやサラミは味を失った」。

なぜオスマントルコからの解放に比べて社会主義政権の影響が甚大だったのか

社会主義政権の影響が農村部の暮らしまで及んだことについてはいろいろな説明が可能だと思うが、私は「選択肢を与えられた」のか「何かを変えることを強要された」かの違いが大きいと考える。西洋の食が手に入るようになっても、食べ物という生存とアイデンティティの基盤であるものを一気に手放すことは難しく、折り合いを見つけながら徐々に取り入れていく。しかし、政治の力で今まで営んでいた生活を変えることを強いられたら、食も変わらざるを得ない。

植民地支配を経て、アフリカ大陸の主食が多種の雑穀や芋からバゲットやウガリ(トウモロコシの粉を練ったもの)へと画一化したのが好例だ。政治が食文化を変える力は、それくらい急激で強大だ。

そしていま

ブルガリアは、EU加盟前の2000年台半ば頃から急速に経済発展した。政治と経済が安定した今、元来の食や伝統を見直す動きも出てきている。首都ソフィアではここ数年、伝統的な家庭料理を提供する飲食店が流行りだという。伝統行事や本物の食品に対する関心も高まってきている。失ったものを緩やかに取り戻そうとしているようだ。

家庭料理を提供するレストラン。住宅街にある。このような店は最近増えているそうだ。左の写真はGoogle Mapより引用

人がルーツを求める限り、伝統はなくならない。度々の戦争や政治変化を経験したバルカン半島の国々で伝統料理が相変わらず健在なのは、苦難があればあるほど自らのルーツを希求するからなのかもしれない。