祖父の戦争手記「私の日ソ戦」

サバイバル 第四回

伊藤 伸男

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昼頃、我が植田隊の同年兵の田口君がもうひとりの同年兵と立寄ったので私は自分の隊の様子が知りたくて色々と聞く。先ず我が班長であった北海道出身の片山伍長と四国出身の溝杭(みぞぐい)同年兵は乗馬の名手であった為に敵情を視察に出たが側面からの機関銃掃射を浴び、河の中に逃げ込んだがそのまま行方不明になったとのこと。又植田隊は敵を友軍と間違えて、全身を表したまま近づき充分に引き付けられてから機関銃掃射を食い全滅したとのこと。二人は命からがら逃げ出し助かったと言っていた。若し私が転属してなかったら殺られてしまったであろうと思われる。そして田口君は左横腹に銃弾を受け血がにじんでいた。しかし銃弾は腹部内には入らず表皮部分をえぐり取っただけであった。ポケット内の十円玉四十五枚がぐにゃりと凹んで彼の命を助けたのであった。「おそらく生き残ったのは我々二人だけだと思う。もう所属する部隊もないのでただ皆の後をくっついて行くだけだ」と言っていた。片山伍長には理由も解らないまま「舐めるな!」と帯革(ベルト)ビンタ二発貰った思い出がある。溝杭は兵機検索のとき中隊の車輌が一台足りなくて下士官連中が頭を抱えていた時「よし俺が揃えてやる」と言って真夜中に他部隊の倉庫を破って盗んで来て員数を揃えた。剛胆な奴であった。二人とも頼りになる惜しい人間であった。軍隊と戦争。この中にあっては善は悪なり、考え込むと善悪が解らなくなってくる。

夕方になってくる。そのうちに我が隊にも撤退命令が出るであろう。その時にはこの鉄の塊の重機と弾薬をどう運ぶか。皆ぼさあ!としているので私は気のきいた初年兵を一人貸してくれ。馬を探してくると言って許しをえて二人で崖下の大隊本部をめざしてずるずると滑り下りて行った。もう暗くなってきていたのでうまく部隊の中に溶け込んだ。この隊も昨日の攻撃で無茶苦茶になっていて兵が右往左往していた。私は知らん顔して馬を一頭連れ出し悠々と車輌を付けてついでに近くにあった木箱を車輌が軽いと飛び上がるので重し代わりに積み、堂々とその隊の表から出て行った。誰も咎める者もいなかった。

さて帰りは崖は登れないので、昨日敵を釘づけにしておいた草原の道を通り本当は向こうの三叉路まで行きたいのだが、どうも危険な気がするので山の麓を早めに折れて草の中に入って行った。道などはない。段々に草の背丈が高くなって、ついに目標の山の頂も見えなくなりただ頭上の星だけになって方角も解らなくなってしまった。心細くなってしまった。然し行くしかない。夜も0時近くになっている。すると目の前にぽっかりと戦車壕の作りかけが現れた。それを見た初年兵は「あ!これは一度私達が堀に来たことがある。これを行けば隊に帰れる」と言うので「ほっ!」と安心した。二人で浅い壕の中に車輌を入れ二人とも車輌の上に乗ってよい気持ちで堀の中を走っていく。突然馬と車輌共水溜まりの中に飛び込んでしまった。一ヶ所だけ深く掘ってあり水が溜まっていたので解らなかった。びっくりした。まあまあ大したことなく堀の中を行き続ける。もう此処らで上ろうかと言って堀より出る。先ずは一休みしようと小さい木陰に並んで腰を下ろし先ず一服と煙草に火を付けた。とたんに、「誰だ!煙草を吸っている奴は!演習ではないぞ。実弾をぶっ放すぞ!」と怒鳴られた。「お!」と答えて直ぐ火を消し、「早く帰ろう」と言い歩き出した。隊に着いたのは夜中の一時頃であった。

翌日積んで持ってきた木箱を開けて見たら牛の缶詰であったので隊の者全部に分けてやり、自分のは二、三個多めに取った。

昼頃になっても撤退命令は我が軍には出ない。いらいらして来た頃やっと命令が出て撤退行動に移った。どうも一番最後の様である。皆の歩いた後の泥田の様な道を足を滑らせながら行く。少し行くと戦車のキャタペラの音がする。「すは!」敵戦車に先回りされたかと緊張し止まる。誰か爆雷を持って行けと班長は言うが誰も行こうとしない。だらしない補充兵ばかりだ。班長は「よし!俺が行く。伊藤も来い」と言われた。死ぬ気だ!私もこれから先の苦労を考えると行く気になってついて行った。灌木の影に身をかくしながら進む。近づくと号令が日本語だ。よく見ると友軍の野砲が陣地を作っている所であった。「頑張って下さい」と声をかけて立ち去る。それから後二時間程たって先程の野砲は全滅したと報が入った。

(続く)


今年で92歳になる祖父、伊藤伸男の戦争手記をMediumで公開することにしました。彼は、青年時代から満州鉄道で働き、日ソ戦で戦い、終戦後は3年間シベリア抑留を経験しました。「思い出したくないことだけれど、戦争体験が風化しないように記録に残しておくことが、若い人たちへの責務だ」と考えて筆をとったそうです。20年ほど前に書かれた手記ですが、世界情勢が不安定な今、また多くの人に読んでもらえたら、と思っています。

残念ながらデジタルの元ファイルが無くなってしまった為、紙を元に文字起こしをしています。そのため不定期の更新になりますが、おつきあいください。

※句読点、段落、漢字等は原文のまま掲載しています。