短編小説 「リカーストア」

金曜の道路はいつもより空いていて、ビルとビルの隙間から丸く卵の黄身のような月が、車が進んでないのではないかという錯覚を与えるほど無情に、しかしいくらかの穏やかさを備えて、二人の視線の先に存在していた。ジェイはカーブを曲がるたびに工具箱の中でカチャカチャという金属の音を聞いて、ブルーカラーの男を乗せたのは初めてだと気づく。

「おい、ポット。それはいつわかったんだよ?」

「もう半年以上前じゃないかな」

かつて輪になり煙の儀式をしていた時から彼のあだ名はポットになった。いまだに彼はどこか心ここに在らずといった感じで、ジェイはついつい昔はどうだったかと考えてしまう。口を常にあけているような男だったであろうか。

定期的なリズムで街灯が車内に光を投げかけるが、ポットのメガネはそれを反射し、ジェイからはポットの眼球がまともに見えない。忙しい道でポットを拾ったためにこの三十分まともに正面から顔を見れていない。一度止まってタバコの一本でも吸うべきだったとジェイは心で考える。はたしてまだタバコを吸ってるだろうか、それすら定かではないことに気づき、家の電気を消し忘れたのではないかと不安になるあの感覚に襲われた。最後に二人が会ったのは三年前だったであろうか。

「どんな感じだ?なんか変わったか?」

ジェイは一瞬、前の車のテールランプから目をそらしてポットの方を向いた。しかし、ポットは前の車のテールランプを見ていた。

「そりゃ仕事も始めたし、家も引っ越したし、変わったって言えば変わったけどこんなものかっていう感じだよ。というより大変なのはこれからだろうし。」

「そうだよな。」

ジェイは前を向きながらも少し表情を和らげた。よく彼の上司がやるようなインターナショナルな優しい表情だ。

彼は大学を遅れずに卒業した。そして三年のうちに二ヶ国語を話すようになり、インターナショナルなクリエイティブエージェンシーでプロダクトマネージャーをするようになった。よくガラクタを作ってはポットに見せ、感想を求めた。ポットはいつもいいところを見つけそこを褒めた。そして、ジェイはまた次のガラクタを作った。ポットはあだ名の所以にもなった儀式をやり過ぎて一年卒業が遅れた。それを初めに教えたのはジェイだった。それだけでなくスポーツ少年だったポットをスケボーや音楽のカルチャーに導いたのもジェイだった。

「せっかくだから酒でも買ってくか?お前の奥さんに会うのだって三年振りだぜ。乾杯しなくちゃな。けど酒は飲めるようになったのか?いまだにポット君なのか?」

「付き合いで飲むようになったけど、ビール一杯でひどい立ちくらみ状態だよ。」

「そっちはめっきり弱いんだな。」

二人は笑い合った。

酒屋の駐車場に車を止め、二人は車を降りた。

「なぁ、どっちだったんだよ?」

「まだわかんないけど俺はどっちでもいいかな」

ジェイはそれがわからなかったからどっちのパターンにも備え、頭の中にいくつかの候補を用意していた。

「お前の奥さん、というかエリカはどうしてる?喜んでたか?」

「あぁ、喜んでくれたよ。最初はずいぶんびっくりしてて、この世の終わりみたいな顔してたけどね」

「まだベース弾いてるのか?」

「もう弾いてないけどまだあるよ家に」

「家か。本当に知らなかったんだぜ、お前らのこと。」

ジェイは笑いながらもこの三年のことを回想しているような表情でポットの肩にぽんと手を置いた。

酒屋の自動扉は、上下に揺れながら苦しそうに両端にそれぞれスライドした。二人は酒を物色し始めた。壁じゅうにスコッチ、ジン、ラム酒、ウィスキーの瓶が並んでいる。ポットは屈んでウィスキーの裏側のラベルを見ている。

「おいおい、そんなの飲んだらお前は骨抜けの肉塊になっちまうぞ」

ジェイは酒の弱いポットをおちょくり、ポットも見てただけだぞといった感じで右手に瓶を持ちながら両手を広げた。ジェイは棚からアマレットをとり、ポットの目を真正面から見つめながら

「ゴッドファーザーにしてくれよ」

と言った。ポットは、

「ちょっと待ってエリカに聞いてみるよ。」

と言って、電話をかけようとスライドドアの方に歩いて行った。ジェイはポットの右肩を手で押さえ

「違う」

と言った。

「いや違くないけど違う」

にんまりとした顔で我ながら気の利いた即興のアドリブだと考えているようだ。

「子供の名付け親にしてくれよ」

自信をみなぎらせ、まっすぐに目を見据えジェイは言った。

「それは多分無理だよ。もう候補もあるから。」

とポットは言った。

「じゃあ俺にも候補を出させてくれよ。」

ポットは足の重心を移し替え、少しの沈黙の後、

「いやそれもだめだ。もしエリカが気に入ったら俺は困る」と言ってジェイの手からアマレットの瓶をとった。

結局、二人はアマレットとウィスキーとビールを数本買って、一袋ずつ持って車へ向かった。アマレットが入っている袋はしっかりポットが持っていた。ポットは青いつなぎの作業服のポケットからくしゃくしゃのラッキーストライクを取り出した。

ジェイは興奮して

「まだラッキーストライク吸ってたんだな。一本くれよと言った。」

ラッキーストライクを教えたのもジェイだった。

ポットは

「悪いな。最後の一本なんだ」

と言った。

Music

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