楽しいの何が悪い。

「仕事に影響が出るような遊び方はするなよ」

真面目な人が不真面目な後輩に言っています。数年前までは私も言われていました。

その時答えたのが「遊びも満足に出来ない人が仕事も満足にこなすとは思えない。」と答え

さらに「前の日をセーブしなければならないぐらい、苦しんでするような仕事ならいい仕事は出来ない。」

かっこいい事を言った私も今の仕事は楽しいとはなかなか言いづらい部分もあります。テヘ


楽しいって?

楽しいと感じる時って、どんな時なのか。

遊んでいる時、飲んでいる時、話をしている時、何が満たされた時なんだろう。

人によって違うのかな。

スリルを味わった時、何かが出来るようになった時、それを使ってみた時。

様々な楽しいが存在し、そのどれもが同じ楽しいとは違う感覚があります。

しかし、共通点はどれも興奮している感覚です。

興奮を得るために、楽しいと感じる事が必要。

興奮も難しいもので、興奮したものを繰り返せばやがて興奮は薄れてしまいます。


楽しく人生を歩むには、興奮が欠かせない。

ワクワク、ドキドキが連続すれば、人生はバラ色。最期を迎えるまで笑って満足したと言える気がします。

定期的にワクワク、ドキドキを感じること、なかなか難しそうに思えます。

ワクワク、ドキドキはどこから訪れるのか、それを待つ以外に方法はないのでしょうか。


昔、こんな事を言われたのを思い出しました。

「我慢して頑張っていれば、きっと良い事がある。」

言われたのか、いつの間にかインプットされたのかは覚えていませんが。

我慢は嫌な事を耐える事を「我慢」だと思っていました。

その勘違いが、楽しい、興奮から自分自身を遠ざけていた事に気付きました。

遠ざけていたというか、ワクワクする事以外に時間を費やし、消費していました。

我慢する事とは少しでも興味が湧いた、楽しい事、つまりワクワク、ドキドキする事を見つけ、それが出来るように、成し遂げるまでの過程を我慢する事だって事に

楽しさを得るために我慢する。

例えるなら、小学生の頃、遠足の前の夜眠れない感覚に似ているかもしれません。

目を閉じて、明日の楽しそうに笑う自分を想像して、居ても立っても居られない。早く味わいたい、体験したい。

その気持ちを抑えて我慢する。

そして、意図して繰り返す。

遠足が好きなら遠足を企画し、実行しよう。

楽しいは自ら作りだす。

只今、「楽しい」進行中。