【レビュー】「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」(映画, 2014)

アラン・チューリングの生涯を描いた歴史ドラマ。戦争と科学に関する様々なテーマを包含した良作。特にプログラマーにオススメしたい。

Koki Takahashi
HakataReviews
5 min readOct 17, 2018

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Amazonプライム・ビデオで視聴。「チューリングマシン」や「チューリングテスト」などに名を残し、今やプログラマーでは知らぬ人のいない第二次大戦期の計算機科学者、アラン・チューリングの伝記を元にした歴史ドラマ映画である。

僕はもともと科学史、特に計算機科学の歴史に強い興味を持っていたので、この映画は僕にとって非常にドンピシャな映画だった。先述の通り「チューリングマシン」などにより名前だけは馴染み深いアラン・チューリングだが、その生涯は想像を遥かに超えて波乱に満ちていてドラマ的だった。この映画は、そんなアラン・チューリングがブレッチリー・パークの門を叩いてからエニグマ暗号を解読するに至るまでの人生を、技術と人間に関わる多角的なテーマに触れながら綺麗にまとめ上げた佳作である。

我々が普段何気なく使っている固有名詞にも、裏には壮大なドラマが隠されている。そういう視点から科学史を探求していくのが僕の喜びである。ちなみに同じようなテーマに基づいた作品として、「アルツハイマーはなぜアルツハイマーになったのか 病名になった人々の物語」をおすすめしたい。

当然ではあるが全体的にアクションが少ないので、その手の映画に慣れてない人には退屈かもしれないが、普段あまり注目されない科学者の人生にスポットライトを当てた優れた歴史ドラマ映画として、アラン・チューリングの生涯を知る人にも知らない人にも是非おすすめしたい映画である。特にプログラマーの人には是非一度は見てもらいたい。

歴史ドラマ映画なのでネタバレもクソもないと思うが、念のため具体的な内容に触れるレビューは以下に記すことにする。

多少のネタバレ

第一に、この映画は、アラン・チューリングその人の成した偉業を紹介する映画である。彼の業績は戦時機密そのものであったこともあり、1980年代にいたるまで彼がエニグマを解読したことは公にされていなかった。計算機科学の大家である彼がエニグマの解読により戦争終結を早め、結果として100万できかない数の人間を救ったこと、そんな隠された戦争の英雄が戦後誰にも理解されることなく非業の死を遂げたこと、まるでフィクションのようなその事実をこの映画では克明に余すことなく描いている。

同時に、この映画のもう一つのテーマとして、マイノリティに対する差別が表現されていることも議論を俟たないだろう。女性であること、同性愛者であること、戦時中は多大なハンディキャップであったそれらを持つ彼や彼女が、どのように迫害され、どのように苦悩したか。作中の描写には胸を揺さぶられるとともに、現代に生きる我々にも強いメッセージを投げかけてくる。いい映画である。

ネタバレ

一方、この映画に「イミテーション・ゲーム (=チューリング・テスト)」という名前を与えたことに関しては疑問がある。作中に実際にこの単語が登場し、「私は英雄か犯罪者か?」という文脈で用いられているものの、チューリングテストの実際を知る立場から言えば、これには牽強付会の感を禁じ得ない。Wiredの記事ではチューリングの生涯のテーマである「模倣すること」、つまり機械によるシミュレーションを表していることが仄めかされているが、これも作中からはあまり読み取れない。まあ、映画の題名は商業的な側面が大きいので、あまりそのような要素を期待してはいけないのかもしれないが⋯⋯。

また、作中ではエニグマを解読する電気機械に「クリストファー」という名前を付けていたが、そのような歴史的事実は存在しないことにも注意したい。旧友であるクリストファーの死が後のチューリングの生涯に大きな影響を及ぼしているというのは確かに夢のある空想だが、個人的にはあまり裏付けのあるものでは無いように感じた。しかし、この改変が映画の構成を大きく引き立てているのも事実である。

マンチェスター大学に据えられたアラン・チューリングの銅像には、「計算機科学の父」という彼の一般的な称号に並んで、「偏見の犠牲者」と銘されているという。我々が歴史から学ぶための重要な道具として、この映画が果たす役割は決して小さくないだろう。願わくは、銘板に「偏見の犠牲者」と肩書される人物が今後増えることのなきよう。

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