わからない場所にいきなり大きな道は計画されない。
進めているって実感はかなり大事。テンションが上がるしポジティブになるし。
けれど一番大切なのは「何が自分にとってのやりたいことなのか」って道が見えてくるってこと。
それは長期の計画とかそんなんじゃなくて、今、目の前にある道ってこと。
未来じゃなくて、目の前。
これって「何もしなくても目の前にヒントがあるよ」ってことじゃない。
「やる気が出ないな〜」みたいな感じで何もしなけりゃ何も見えないまま。
勝手に凄い人、幸せな人と比べて、自分とは違う世界だなーなんて思ってたら当然何もないまま。
自分の価値を自分で勝手に低く見積もっておいて「何もない」なんて都合がよすぎる。
目の前ってようは「自分の現実」なわけだから、現実に対する「自分の取り組み」で目の前のヒントに気づいていかないと。
未来をイメージすることは大切。けれどそれだけになってしまうと「今とのギャップ」だけが目立つし、知識についても同様に言えるんだけど「頭の中だけ」のものはそのうちパンクする。
少しでも理想に近づこうとするのは最高にかっこいいんだけど、キレイな理想ばっかり頭の中につくっちゃうと「かっこよく」を優先しちゃって泥臭く動けないんだよね。
んでもって最初からキレイにはいかないわけで。キレイにしていくものなわけで。
とうかかっこつけたっていいことなんて特にはなかったよねー
どうせ「本当の自分をわかってくれない!」なんて言い出すんでしょうね。
とりあえず歩きながらで。
地元に獣道があったんだけど、今は大きな道に繋がるアスファルトの道。
子供の頃は草っぱらの中に、車が通る場所だけ二本線に砂利になってた。
最初はきっとゆっくり歩きながら進んだんだろうな。軽トラで。
トロトロ行きながらを繰り返してたらいつの間にか道って呼べるものになって。
きっと当時は誰もそこを、大きな道路につなげようなんて思ってなかったはず。
必要だからそこを使っていたら、使うからアスファルト化計画!みたいなのが立ち上がって…みたいな。
順番が違うんだよなー。順番。
よくわからないけどやってみたら、なんとなく様になってきて、そしたら「おっ、この道使えるやん」ってな人を巻き込み始めて、その延長に未来をみて。
きっといきなり「大きな道路につなげるぞ!」なんてやってたら心折れたはず。
方向だけ決めたら、とりあえず獣道をつくろう。誰かも「使いたい」って思ってくれる道。