スーパー台風に負けない「希望」の源とは?

スタディーツアー in フィリピン2015/2016

Tristan Nodalo (HANDs! 2015/2016年フィリピンフェロー)

レイテ島タクロバン市の海岸で

インドネシアのバンダアチェで強烈な経験をした後、私たちはHope and Dreams! (HANDs!) プログラムの次の行程のためにマニラへ飛んだ。

フィリピンでの2日目は2013年に発生した観測史上最大規模のスーパー台風、ハイエンにより最も甚大な被害を受けたフィリピンのレイテ島タクロバン市への日帰り旅行で始まった。

飛行機から降りた瞬間、私は2013年11月8日の出来事を思い出した。

ハイエン台風の記憶

私は当時、国営テレビ局の主力ニュース番組のプロデューサーをしており、近づいていた台風に関する報道を担当するプロデューサーの1人であった。

2013年11月7日の明け方、私たちは首都マニラからタクロバンへの過酷な20時間の旅を始めた。途中、晴れ間を見ることはなかった。憂鬱な天気は、翌日起こる出来事の予兆のようだった。

タクロバンのホテルはすべて満室で、私たちはレイテ島のパロにあるオリエンタル・ホテルに泊まることにした。ホテルはまさに海沿いにあった。午前4時頃風が強くなり始め、ホテルのすぐ外では、波が高くなってきていた。

カメラマンと私は、外の様子を撮影するためにホテルの外に出ることにした。私たちは市外に出たほうが良いと考えたが、どの通りにも木やポストが倒れており、道をふさがれた。

強い風はゆっくりと建物の屋根を引きはがし始め、悪夢の始まりを知らせるかのようにヒューヒューとうなるような音をたて始めた。アドレナリンが私たちの注意を喚起し続けた。

私たちは本能的にどこか高い所を探さなければと感じた。幸い近くにあった教育省の建物の警備員が私たちを中に入れてくれた。荒れ狂う嵐のさなか、建物の中では人々が家族で身を寄せ合い、祈っていた。

このスーパー台風・ハイエンの最悪の瞬間を正確に思い出すことはできないが、当時起こったことして1つ確かなことは、ハイエンが襲来した当時、私たちが体験した過酷な状況は6時間以上続いたということである。

私はすでに震えていた。怯えていたとか、恐れていたなどという程度ではなかった。もう終わりかと思った。それでも、私たちは、嵐を映像として記録するため、カメラを回し続けなければならなかった。つまり、ジャーナリストとしての本能が働いたのだ。しかしながら、自分たちは街を飲み込み始めていた暴風津波には適わないとわかっていた。

建物の中にいる他の人々に嵐はどれくらい続くのかとたずねられた時、ジャーナリストとして活動し始めて以来3年間で初めて、私は答えを見つけることができなかった。私は彼らに対して、嵐が過ぎ去るように祈り続けようと言うことしかできなかった。

余波
ハイエンによる高潮で市内まで押し流された貨物船。当時の被害状況を物語っており、現在は整備されて観光客らに公開されている

嵐の翌日はさらに悲痛な状況だった。死と絶望で溢れていた。

人々は使えそうなものならば何でもよいから持ち出そうとして、施設や店舗を引っかき回し、中には建物によじ登る者もおり、世界の終わりを描く映画のシナリオのような様相を呈していた。

死に直面している当時の状況には、規則や法は存在しなかった。

実際、それは適者生存の状況であり、道路が通行不能であったため、救援物資はその後数日間届かなかった。

しかしながら、想像を超えた絶望の中にあっても、人々が手持ちのわずかな食料や水を分け合っていたことを知ったら驚くだろう。

2日後、私たちのチームは空港へ向かい、搭乗できる便があり次第出発することにした。私は肩を落としてタクロバンを後にした。

ハイエン台風から2年後のタクロバン市

タクロバン市内を見て回ると、今ではすべてが平常通りであると容易に理解できる。

HANDs! のフェローたちは、HANDs! プロジェクト2014-2015のフェローがアクションプランとしてとし作った「DEELプロジェクト」を通して防災教育を体験する機会を得た。

DEELでの活動中、笑顔を見せるフェロー

DEEL は、ゲームや物語を通して子供たちやコミュニティーに災害に備えることを教え、防災教育を行うことを目的としている。

私たちは、タクロバンへの旅の終わりに、アニボン地区などハイエン台風による被害を受けたことで知られる場所を訪れた。アニボンは、スーパー台風が上陸した際に複数の大型船が打ち上げられたバランガイ地区である。

私たちは、ハイエン台風で生き残った人たちが、このスーパー台風によって打ち上げられた資材を使って建てたYellow Doors hostelと呼ばれるホステルに泊まった。

人間を中心にしたデザイン(Human-centered designs )の立案

マニラに戻ると、一連のワークショップが私たちを待っていた。私たちは、アイデアを出し合い、プロジェクトのコンセプトを策定する上でのコワーキングスペースの重要性を紹介するCO.LAB からスタートした。ASHOKA Philippines もシステム変更について触れ、情報を共有した。ASHOKAのフェローであるKevin Leeは「一滴の水(A Single Drop of Water)プロジェクト」のストーリーを紹介した。

ワークショップで議論するフェロー

一方、Habi education lab は、人間を中心にデザインを立案することの重要性について参加者に教えることに注力している。Habi は、人間のニーズや価値観に基づいて設計を立案し、人間が何を必要としているかに耳を傾けるプロセスを教授した。

フィリピン政府の既存の防災プログラムについて理解を深めるため、参加者は政府資金により運営されている科学研究所であるプロジェクト・ノア(Project Noah )を訪問した。 プロジェクト・ノアは、台風や災害時のより集中的な災害リスクの軽減と管理手順への取り組みを強化を目指して設立された。

ワークショップでの一場面

HANDs! プログラムのフィリピンにおける行程の最後の2日間は、Habi education lab によるもう1つのワークショップで締めくくられた。今回のワークショップでは、共感図(エンパシーマップ)や異なる調査方法を構築すること、そして、利害関係者を特定することの重要性に焦点を合わせた。

フィリピンにおける5日間のHANDs!プログラムの行程の最後には、フィリピンのカントリー・プロジェクトの概略が発表された。2015年~2016年のHANDs! プログラムの第2部であるタイと日本へのスタディツアーについても簡単に紹介された。

防災・災害復興支援活動で、人間中心設計に重点を置いたプロジェクト開発の重要性は、フィリピンへのスタディツアーのハイライトの1つである。タクロバン訪問は、短かったが、参加者の共感を得た。

スタディツアーは、私たちは助け合うことにより再び希望持つことができ、互いに共感することにより再び夢を持つことができることを証明した。新たな希望や夢を嵐が押し流すことはできない。

地質学研究所を訪問後に記念撮影

*この記事は、2015年度HANDs!フェローであるTristan Nodaloさんによる寄稿文です。

*記事中の見解は個人的見解であり、HANDs!プロジェクトとしての立場を表明するものではありません。