防災によるブランディングと被災後の町づくり

スタディツアーin日本・東京、東北 2017/2018

フィリピン・マニラの後、フェローらは、10月14日~18日まで日本でのスタディツアーに参加しました。日本では、災害に強い街作りというブランディングや、被災後の街作りについて多くの事を学びました。

大規模地震に向けた日本の取り組み

東京での学びは、江東区にある防災体験学習施設「そなエリア」への訪問から始まりました。そなエリアは、東京臨海広域防災公園内に立てられています。被災後の町並みを模した建物の中で、どのように安全に避難するかといった防災ツアーや、様々な学習ゲーム、展示を通して日本の防災知識を学んで行きました。

首都圏でも、南海トラフ巨大地震や首都直下地震が発生した際には甚大な被害が発生すると予想されており、日本政府や自治体は発生以前から多くの防災を実施しています。その中の、一つがそなエリアを要する東京臨海広域防災公園なのです。

東京臨海広域防災公園は普段は一般の市民に開放されている公園で、バーベキューなども楽しむことが出来ます。しかし災害時には、首都圏における政府の現地対策拠点並びに支援部隊のベースキャンプとなるため、政府関係者が緊急会合などを開くための耐震性を備えた建物から、物資輸送に使うヘリコプターの発着所まで備えています。正に首都圏防災の要として、大きな役割を担っています。

出典:東京臨海広域防災公園
防災によるブランディングとは

その後、フェローは江東区豊洲で開催された「豊洲・防災EXPO 2017」に参加しました。同EXPOは、2008年から豊洲の防災に関するお祭りとして年1回開催されており、2017年で記念すべき10回目を迎えました。

EXPOでは、「家具転倒防止」、「防災グッズ」、「食料備蓄」、「トイレ問題」などの“事前の備え”を中心に学ぶと共に、豊洲の住民も多く住むマンションに則した「マンション防災」などの新しい防災の考え方も取り入れています。

さらに頻発する災害に則した防災を子どもに学んでもらうため「BO-SAI 暮らしの学校」を展開しています。同学校では、この10年間に日本を襲った大震災の現場の状況を、新聞記事を通して振り返り、そこから学んだ教訓や現場で役立つ知識や技を、様々な体験を通して学ぶプログラムです。今年は、無印良品と協同し、レトルト食品を使用した料理の開発を子どもが自身で開発し、実際にカフェ形式で提供するなど楽しみながら学べる形になっています。

またHANDs! Projectの総合アドバイザーである永田宏和さんが代表を務めるNPOプラス・アーツと東京ガスが主催した「東京ガス イザ!カエルキャラバン!」もEXPOの一部として実施されました。カエルキャラバン!では、「そのまえ」、「そのとき」、「そのあと」という3つのテーマを設定し、地震発生前から避難生活まで状況ごとに役立つ知恵や技が紹介されました。

フェローからは「なぜ豊洲では、こんなにも防災が地域に根付いているのか」といった質問がでました。豊洲は新興住宅地であるため、若い世代の世帯が多いのも特徴です。一方で、豊洲に家の購入や、引越しを考えている若い世代には、今後発生が予想されている首都圏にも被害が及ぶ巨大地震に関する心配があるのも事実。そこで豊洲は町をあげて、「災害に強い町」を目指し、ブランディング化することで多くの若い世代に、住む町として選んでもらうように努めているのです。

記憶を受け継ぐことも防災

東北に移動したフェローは、宮城県仙台市と石巻市を訪問しました。そこでフェローは、東日本大震災の記憶を受け継ぐ多くの施設を訪問しました。

被災の前後の様子を記録・保存し、復旧・復興のプロセスを発信、記録している「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(せんだいメディアテーク)、津波被害の後を残したまま保存されている「震災遺構・仙台市立荒浜小学校」、石巻の被災の様子を伝える「石巻復興まちづくり情報交流館」を訪れました。

多くの施設が、震災の記憶を保存し、そこから得た知識・経験を後世に伝えることを目的に運営・活動されています。他方で、フェローの出身国では震災の記憶を残そうとする取り組みは少ないのが現状です。あるフェローは「被災の記録を残していくことで後世に繋げていくことも防災なのではないか」と話します。被災を嘆くだけでなく、その記憶を伝えると共に、得た経験を次の世代に伝えていく。災害大国である日本であるからこその取り組みといえるかもしれません。

被災後の町づくり

東北のツアー中フェローら一行が宿としたうちの一つが、女川町にある「ホテル・エルファロ」です。同ホテルは、2011年3月の被災後、女川の被災した旅館業者4社が集まり、協同組合という形で2011年8月にオープン。全国から集まるボランティアの宿泊施設提供を急ぐため、また復興計画が進む過程で建物の解体を余儀なくされるため、移動できるトレーラーハウスで宿泊施設を作りました。エルファロにはポルトガル語「灯台」という意味があります。被災地を灯す灯台として、また地元の人々によるホテルとして現在も、旅行者などの宿泊場所として賑わいを見せています。

最終日にフェローは、「 ISHINOMAKI 2.0」でワークシュップに参加しました。ISHINOMAKI 2.0は震災の前の街に戻すのではなく新しい未来を作りたい。 被災した店の二階に集まった有志たちの思いから生まれ、「世界で一番面白い街を作ろう」を合言葉に、様々な活動を展開しています。

ワークシュップでは「石巻への観光客を増加させるには」という題目のもと、6つのグループに分かれて議論、発表を行いました。多業種の人による合同のワークシュップフェスティバルを定期的に開催し、学びあいの場を石巻に作るといったアイデアなどは、ISHINOMAKI 2.0代表理事の松本濠太さんからも好評を得ました。

ホテル・エルファロとISHINOMAKI 2.0に共通するのは、被災後に開始した活動である点です。さらに、元の女川への復興を目指すためだけではなく、より良い町づくりを目標にしていいます。HANDs! 総合アドバイザーの永田さんは「被災によって人生や価値観が大きく変わる。それが新たな活動を生み出す根源にも成り得る」と話します。

今回参加したフェローにも被災経験があったり、被災地での活動をした経験をもっているフェローが少なくありません。ISHINOMAKI 2.0が掲げる「街を開き、世界中からアイデアや才能や知恵や経験を集め、人と人をつなげ、巻き込み、未来を作る」というスローガンにある通り、今回の日本滞在中の経験は、新しい未来、防災に強いアジアを目指すフェローの活動を支えていくことになるでしょう。

文責:藤本迅(国際交流基金ジャカルタ日本文化センター)