性善説でも性悪説でもない「性弱説」のススメ。

企業でも個人でも、何かしらの意思決定をする時、その人の「人間観」って出ると思うんですよね。数多ある人間観の中でも分かりやすいのは「性悪説」か「性善説」か、ですね。

例えば、営業現場のとあるシーン。

売上が芳しくなく、このままでは売上目標未達になってしまう!という時。

性悪説の課長の浦粘(うらねば)さんの、性善説の課長の熟屋(うれるや)さんはどんな判断をするのでしょうか。

浦粘さんの場合は「このままでは我が課は売上未達になってしまう!今週から、全員、課長の私との営業定例を週一で行うことにする!全担当企業、一社一社棚卸しするから準備しておけよ!」というマネジメントになります。

一方その頃。熟屋さんの課では。

「このままでは我が課は売上未達になってしまいます!ただ、僕は皆さんなら絶対売れるはずだと信じています。皆さんの営業活動に僕も全力で強力するので、課長同行もどんどん入れちゃってください。皆さんを信じてます!頑張りましょう!」

しかし、両課ともに定例会議をやれども、課長同行をやれども、営業目標の達成には程遠い。残り一週間。一体どうすれば良いのでしょう?

浦粘「あれだけ棚卸したのに売上が伸びないだなんてどういうことだ!おい、新人の瓜益!こないだ教えた社長アポ入れたか?何?!入れてない?!これだからゆとり世代は…。もういい。今月の売上目標の達成率が一番低かったヤツはペナルティだ!」となります。

なんとも、物騒な課長ですね。

「売らねば!」という気迫が伝わってきます。

一方その頃。

熟屋「あと一週間しかありません。このままでは我が課は未達確定ですが、私は皆さんを信じています。そこで、少しでも皆さんがやる気が出るように、キャンペーンを始めます!残り一週間で一番売上を上げた人には5万円のインセンティブをプレゼントします!さあ皆さん、頑張って下さいね!」


課長のペナルティ、あるいはキャンペーンが奏功し、見事売上目標を達成できたのでしょうか。

おそらく、そのいずれもが残念な結果となったことは想像に難くありません。

浦粘さんの性悪説型のアプローチにより、「サボり」は回避できたかもしれませんが、どこか信頼されていない感じがして、とてもやる気が起こりません。萎縮してしまいます。最悪の場合、ペナルティを回避するために新人の瓜益くんを生贄にするかもしれませんね。

また、熟屋さんの性善説型のアプローチは一見良さそうですが、キャンペーンをやるだけでは営業マンたちは動きません。サボり癖のある人は「売れなくても大丈夫」という思考に陥ってしまいますし、お金がインセンティブにならない人も少なくありません。性善説型のアプローチを取るマネージャーは「ただの良い人」で終わってしまうことが多いです。

性善説でもない性悪説でもない「性弱説」とは

ぼく自身の話にはなってしまいますが「性悪説」の考え方は本当に相容れないんですよね。

いや、「いい人」とかそういうことではなく、「性悪説」は損することの方が多い、ということを体験的に学んでいるからです。

「返報性の原理」というものがあります。

それは相手から「好意」を贈られたらなぜか、相手にも好意を抱いてしまう、という心理法則です。

これは逆もまた然りなんですね。「嫌われてる」ということを感じると、無意識に相手のことも嫌いになってしまうというものです。

組織は人間関係でできています。

「性悪説」をベースにした組織は非常に「関係性の質」が低くなる傾向にあります。

「関係性の質」が低いと、思考の質が下がり、行動の質が下がります。

その結果、成果も出しにくい組織になってしまうのです。

一方、性善説には決定的な弱点があります。「人間は本来的に弱い生き物で、サボりたがるものなのだ」という事実に無頓着である点です。

そう、この「善い悪いではなく、人間は弱い生き物なのだ」という人間観こそが「性弱説」なのです。

性弱説とは何か?

そう、人間は「弱い生き物」なのです。

「悪い」からサボるのではなく、「弱い」からついついサボってしまうのです。それが人間の本質なんです。

さらに「弱いなら強くする」という発想もちょっとマッチョすぎます。

人間は本来的に弱いものなので、「強くするために強烈な管理下に置く」ことによって弱ってしまう人も少なくないでしょう。

なので「悪いのではなく、弱いのだ」「弱いから強くするのではなく、弱いことを前提に仕組みをつくる」のです。

「性弱説」を前提にした仕組みとは、具体的にどんなものがあるでしょうか?

例えば「サボり対策」。

性悪説は「サボらせないように徹底管理」しますし、

性善説は「サボらないと信じてる!」と反応します。

一方、「性弱説」では「人間がサボりたいのは当たり前だよね」と、「能動的」にサボれる仕組みを作ります。

例えば「ポモドーロテクニック」という時間管理手法。

  1. 達成しようとするタスクを選ぶ
  2. キッチンタイマーで25分を設定する
  3. タイマーが鳴るまでタスクに集中する
  4. 少し休憩する(5分程度でOK)
  5. ステップ2~4を4回繰り返したら、少し長めに休憩する

こんな形で、意図的に余白の時間を設けるのです。すると、何時間もぶっ続けで作業するよりも生産性が高まる、という考え方ですね。

興味がある方はこちらを読んでみて下さい。

まとめ

上記は一例ですが、

僕個人の人間観は「性善説と性弱説の組み合わせ」です。

ベースは性善説です。なぜなら、その方が返報性の原理から、トクをするからです。

しかし、性善説では抜け漏れる要素があります。人間の弱さゆえに生まれるネガティヴな部分。そこをカバー

人間は弱い生き物である、ということを前提に、弱さを受け入れる仕組みづくりです。

いかがでしょうか?

「性善説も性悪説もどっちも違うんだよなー」とモヤモヤしている方はぜひ参考にしてみて下さいね。

参考図書

本稿に関連する書籍を参考図書としてご紹介します。ご興味あれば手に取ってみて下さいね。

性善説

性悪説

性弱説

性弱説をテーマにした本はありませんが、吉越さんの書籍で「性弱説」に触れられています。

ポモドーロテクニック


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