愛し衣へ /買い物と恋愛の相似について

有里 (26歳 )/ 事務員


先日、ヤフオクで落としそこねたこと洋服のことをバカみたいに引きずっている。

その服は二、三年前に発売された商品で今は中古でもオークションでもめったに市場に出回っていない。しかも、自分にぴったりのサイズで欲しい色の物に出会えるなんて、奇跡と言って良い。そんなチャンスを逃してしまった。たぶん、もう一生巡り会えないと思う。

なぜあの時、私は……
オークション締め切り間際の時間帯にドラマに夢中になってしまい入札を忘れてしまったあの時の自分を恨めしく思った。そして、絶妙な演技で私を夢中にさせ、テレビに釘付けにした堺雅人をも。あのセリフは絶対に言わないけど。

そこまで落ち込む必要があるのか?同じような洋服なんていくらでもあるのでは?なんて思う人もいるかも知れないが、洋服は同じようなものでもそれぞれ微妙に違うのだ。シルエットはもちろん、生地の質感、色、ボタンの形など相違点をあげればきりがない。
それらの中で自分が本当に好きだと思えるものに私たちは一生の内にどれだけ会えるのだろうか。そのシーズンの洋服は来シーズンにはもうない。だから欲しいものは買える時に買っておく。それが私のモットーなのだ。

それに、この年になると欲しい物があった時、大抵の物は買える。
雀の涙ほどの収入しかない私だが、絶対に欲しいものなら、たぶん借金してでも買うだろう。だから、お金はそう大した問題にはならない。
買い物で重要なのは「お金」でなく「機会」である。
欲しいものに出会ったときに、機を逸さずにちゃんと手にいれることができるか。そして、それが出来なかった時、私の心にはぽっかりと大きな穴が空く。

欲しいものに巡り会えた喜びから一転、昨日まで買えたものが今日買えなくなってしまった悲しみ。機会があったのに何もできなかった自分への後悔。そして、もう手に入れることはできない物を未練がましく想う気持ち。

この感覚を私はどこかで知っている。
好きな異性に告白できずに卒業式を迎えた少女の気持ちだった。

せめて気持ちだけでも伝えたかった。
もう遅いかもしれないけど、私の想いを伝えます。

「私はあの服を愛しています。」


出品者様

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有里

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