ロジとウェットとジャズ

* これは、とあるIT企業を舞台にした、日本語のフィクションノベルです。あらすじのみ日本語と英語で記載しています。

* This is a fiction novel which is set in an IT company and is described only in Japanese. I’m putting only its outline both in English and in Japanese.

(あらすじ)
 半年前に社内に導入した『誤発言防止システム』。問題発言を瞬時に判別して音を消したり、承認が得られるまで保留したりできる、画期的な仕組みだ。しかしある日、僕の所属する情報システム部門にクレームが。どうやら承認に上がってきた問題発言が理解不能な外国語だったとのこと。さらに続いてやってきたのは、会社にとって致命的な、新製品情報の漏洩の一報。機密情報に関する発言はすべて『誤発言防止システム』で防止しているにもかかわらず、果たしてどこから漏れたのか。
(Outline)
 A company introduced “Preventing mis-speaking system” half a year ago. It’s a breakthrough method which can determine problem remarks and turn off the sound or can hold the voice until its approval. However, one day, my team, Internal IT Section, received a complaint — a problem remark requiring its approval was in foreign words which he cannot understand. Subsequently, I got information of the possibility of leak of the new product information. And I’m wondering how it has been leaked, though all remarks regarding the secret information is restrained by the “Preventing mis-speaking system”…

「分かんないよ。ナニ語かすら分かんないんだもん。どうやって止めろっていうんだよ」

副社長はイライラと、ペンで自分の耳のそばについている小さな機器をノックした。

「そうですね。ナニ語か分からないと辛いですね」

僕は頭をかきながらそのクレームに適当に頷いた。

「これ、どうせロジの発案でしょ。社長の」

「まあ」

僕は言葉を濁した。

「すぐ飽きるよ。ロジは新しいもの好きだからパッと飛びつくけどさ」

「そうですかね」

「そうだよ」

ガチャ、と背後から音がして僕らの小部屋の扉が開いた。

「聞こえてますよ。社長の悪口」

入ってきたのは先輩のカナコだ。

「悪口じゃねーよ。悪口だったら、それこそ、この『誤発言防止システム』で止まってるはずだろ」

副社長はまたペンで機器をつつく。

「いえ、副社長の発言を止めるような設定にはまだなってませんよ」

「あ、そうなんだ?」

「そうですよ」

「まあ、オレの設定がどうなってるかはともかくさ、海外メンバーが母国語で喋った内容がサスペンドされてさ、それがオレの承認フローに入ってくるのは勘弁だな。オレ、日本語と英語しかわかんねーしさ。適当に承認したらしたで、『失礼な発言を許可したやつ誰だ?』って問題になるし」

「適当に承認しちゃうからですよ。リジェクトすればいいじゃないですか」

「でも可哀想じゃん。はるばるトルクメニスタンから来てくれて自由にしゃべれないなんて」

「トルクメニスタン語だったんですか。この前入った、えーと、サリル?でしたっけ」

「うん」

「で、彼はなんて言ったんですか?」

「だから、分かんないって。『バカ』とか『死ね』とか、そういうんじゃないの?」

「『死ね』だったら、プライマリ登録されているので自動消去されますね。それがたとえトルクメニスタン語でも。『バカ』とかだったら、上長承認に回されるかもですね」

カナコの言葉に副社長は肩をすくめ、座ったまま天を仰いだ。

そしてその姿勢のまま僕たちに聞いた。

「このシステム、まだ試験運用だろ?いつまで続ける予定?」

「まだなんとも」

「ロジの指示でまたすぐ変わるでしょ」

五秒程度の沈黙の後、副社長はすっと頭を起こし、笑顔に戻って聞いてきた。

「なんで『ロジ』っていうあだながつけられたか知ってる?」

「いいえ」

「あいつ、学生時代テニスサークルにいてさ、そこでいつも理屈っぽいことばっか言ってたから、ロジカルのロジってあだなつけられたんだぜ。今も頭の中が全部ロジックで出来てる。だから、まわりにある環境とか、何かのインプット要素が変わったら、すぐ結論が変わるんだぜ」

「それはある意味、経営者として正しいのでは?」

「そうだけど、すごい頻度でコロコロ変わるからやつの部下は大変。しかも、ロジの下の開発チームはきっちりピラミッド構造になっててさ、これもテニスサークル時代の影響だな。先輩後輩がはっきりしてる軍隊みたいなサークルだったからさ」

「そうですか」

カナコの返事がだんだん無愛想になってきた。

副社長はまた肩をすくめた。

「まあいいや。いずれにしても、この『誤発言防止システム』がどうなるか、決まったら教えてくれ。君たち情シスのチームが一番早く情報つかめるはずだから」

「わかりました」

「あと、次からはナニ語か分かんないやつはリジェクトするようにするよ」

「そうしていただけると助かります」

カナコはそっけない返事で副社長を見送った。

副社長が出ていくと、部屋は急に静かになった。

『誤発言防止システム』を社内に試験導入してから、心なしか、オフィス全体が静かになったような気がする。不穏当な発言が自動的に削除されるせいか、それとも、上司に承認が回るのを嫌がってそもそも発言を控えているのか。

「社長の『ロジ』ってあだなの由来、はじめて聞きました」

静かすぎて居心地が悪くなったので、僕はカナコに言った。

「知ってた」カナコは書類の整理をしながら答えた。「残りの2人分も知ってる」

当社には経営陣が3名いる。20年前から同じ顔ぶれだ。そして、社長、副社長、専務という肩書きの差はあれど3人は概ね対等。そして、20年一緒にやっている割には、彼らが仲がいいという話はまったく聞かない。

「副社長のあだ名はウェット、専務はジャズ、ですよね? 全部由来が?」

「副社長が見てるセールスのチームは、いつも人間関係がウェット。一時期、人間関係がドロドロしすぎてて問題になったことがあったらしいんだけど、それでも、そのまま行くんだって。」

「人間関係がめんどくさいチームは、僕はやだなぁ」

「私もよ。でも、彼は学生時代劇団にいたらしく、人間関係がドロドロしているのが普通っていう認識みたい。『人間関係がウェットな感じの方が個性が発揮されていい!』とも主張してたわね。それ以来、彼のあだ名はウェット。本人も気に入ってる」

「へー」

「だから正直、ウェットのチームに一番、今回の『誤発言防止システム』を入れたかったんだよね。問題が多そうだから」

「問題?」

「たとえば、全員お互いに、誕生日とか、何人家族かとかを知ってたりとかするのよ、あのチーム。そういうの、個人情報保護の観点からもリスクなのよね」

「で、専務のあだなの方は?」

「ジャズ?それはそのまま、」

カナコの言葉を遮るように、ピピピピピ、ピピピピピ、と呼び出し音が鳴った。僕とカナコ、二人のタブレットのコールだ。

「ジャズからだわ。出てもらえる?」

カナコに促されて、僕は自分の液晶画面をタッチした。

「はい、情シスチームのホダカです。専務。どうされました? 音声でコールなんて」

「ちょっと緊急で」

緊急、という言葉に、カナコの整理の手が止まる。専務は続ける。

「例の『誤発言防止システム』のさ、処理ログって全部見える?」

「全部ですか?導入したのは半年前なので、それ以降、専務配下は全部、発言のアーカイブ取れてますけど」

「ロジとウェットのところも?」

「社長のところの開発チームも半年前からですね。副社長配下のセールスチームには先々月からですが。どうしました?」

「なんかね、まだ確定じゃないんだけどさ」専務は声を小さくした。「社外に新製品情報漏れてるかも。うちの代表電話にお客様からそういう話が来てるみたいで」

「えー」

先程から聞き耳を立てていたカナコが会話に割って入ってきた。

「あれ、カナコさんもそこに居る?」

「あ、はい、居ます。すみません、専務。漏洩ですか?それ、まずいですね。インシデントですよ」

カナコがインシデント、という単語を発した瞬間、彼女の耳のところについている『誤発言防止システム』の機器が淡く光る。リスクのありそうなワードを検知して、瞬間的に前後の文脈をスキャンしているサインだ。プライマリと呼ばれる危険性の高い発言だと、その単語と逆の位相の人工音波を出してまわりに聞こえなくする。そこまでクリティカルでなければ、あらかじめ指定された上長の承認待ちになる。上長が承認の仕草を実行すれば、言葉が少し遅れて再生される仕組みだ。

「まずいのは分かってるよ。でもまだ不確かなのでちゃんと確認したいんだよね。相談したいんだけど、ふたりともこっち来れる?」

「いいですよ」

カナコが僕の方を見て、いっしょに行けるか?と目で問いかけてきた。

「あ、僕も行けます」

専務にも聞こえるように、僕は声に出して答えた。

「ありがとう、頼む。あ、それから、この件まだ口外無用で」

「もちろんです。といってもこの会話も全部アーカイブされてますけどね」

「まあ、それは、しょうがない」

ピッと低めの音がしてコールが切れた。

僕とカナコは部屋を出て隣のビルに向かった。

一度、一階まで降りなければならない。

下りのエレベーターの中で、僕らは話の続きをした。

「専務のあだなの由来が途中でしたね。ジャズの。さっき、『そのまま』って言われてましたけど」

「専務は学生時代、ジャズ研究会だったの。」

「じゃ、『ロジ』も『ウェット』も『ジャズ』も、みんな学生の時の経験があだ名になっているんですね」

「ええ、そして、専務のチームの作り方は、まさにジャズそのもの」

「音楽の?」

「そうよ。ジャズって、グループで演奏してても個の集まりっていうか、一から集まって練習したりしないの。」

「へー、そうなんですか。」

「ジャズは一人ひとりが孤独に練習して、一人ひとりで技術を高めて、そして、高いレベルに達した人たちがセッションの時にはじめて集まって、その瞬間に生まれる新しい音楽を楽しむ」

「へー」

「彼のマネジメントもそう。我々も含め、彼の下にいる管理部門のチームは一人ひとりが自由にやって、良くも悪くも、他社とは一味違う攻めの管理部門がうちの会社の強み」

「なるほど、良くも悪くも」

「ただ、」カナコはめんどくさそうな表情をした。

「ただ?」

「社長の下の組織と、副社長の下と、専務の下と、作られ方が全く違って一貫性がないのよね。大事な情報を社内全体に展開するとか、全社統一のルール決めとか、やたらと大変。とりわけ専務の下の組織が一番自由にやっている分、予想外のエラーもよく起こるの。今回の情報漏れもそのせいじゃないといいけど」

隣のビルまで来た我々は三階の専務の部屋まで上がる。ドアをノックすると、どうぞ、と声がした。

「失礼します」

中には、専務の他に一人女性がいた。秘書のサエグサ、彼女も比較的古くからのスタッフで、経営陣からの信頼も厚い。

「私のところから、『誤発言防止システム』のログって見える?」

専務が間髪入れずきいてくる。

「はい、一応。でも、その前に状況を詳しく教えてください」

カナコが躊躇せずに言う。サエグサもそうだが、カナコもそれ以上の古参メンバー。会社がまだ十分の一の規模だった頃からいる彼らは経営陣とも距離が近く、割と物怖じせずに経営メンバーに発言する。

一方、僕は入社して一年半。日が浅いのでどこまで踏み込んでいいかまだ掴みかねている。

サエグサが口を開いた。

「どうやら、新製品の発売情報が漏れてるようなんです。お客様からの質問をそのまま読み上げると、『脳波でシステムをコントロールする製品が出ると聞いたのですが、いつ発売予定でしょうか』って」

「それはまさしくうちの次の新製品ですね」

カナコが答えた。当社では自社製品を必ず自社内で先行試用することになっており、すなわち情報システムのチームは新製品の情報には明るいのだ。

「当社の株価の動きも妙に買い気配が強くてさ、」専務が割り込んでくる。「情報漏れからの、インサイダー取引がされてる予感がするんだよね。でもさ、うちはうちで『誤発言防止システム』でチェックしてる。新製品をイメージさせる発言は全部自動的に消されるはずだろ。どこから漏れてるのか。ホダカさん、どう思う?」

専務は突然僕に振ってきた。

「ええと、セールスがお客様訪問時に喋ってるとかですかね?」

ほぼ思いつきで仮説を喋ってみた。専務が首を横にふる。

「いや、新製品関連は社内でも全部チェックかけてるから、そもそもセールスメンバーは、その情報をまだ知らないはず」

「では開発?ですかね。発言がサスペンドに入ったけど、うっかり承認されちゃったとか」先ほどのトルクメニスタン人の一件を思い浮かべながら言った。今度はカナコが反論してきた。

「いや、新製品系はトップシークレットだからプライマリ設定でしょ。すぐに消去される」

「結論としては」専務が被せてくる。「情報知ってるのは、うちら経営3名と、実際にこれを作ってる開発チーム、それから、情シスの君らだな」

「一応私も。仕事柄」サエグサが自分から被疑者に名乗り出た。

「だな。秘書はもう一人いたな。ウェットの秘書のリサさん。ロジには秘書がついてないから、これで全員」

「12名ですかね」

「ああ。というわけで、そのメンバーの、『誤発言防止システム』のログをチェックしたいんだ」

専務の要請に、カナコは少し難しい顔をした。

「わかりました。ただ、社長のログを見るには、副社長と専務と両方の許可がないと見えないことになってますよ」

「じゃ、ロジのは後でいいんじゃない。個人的には、先週の展示会が怪しいと思ってるんだ。ほら、電話やネットの経路には、もう何年も前から完全にチェックが入るようになってるから、そっちじゃないはずだろ。で、先週の展示会には確か、開発のチームから何人か出席してた。お客さんもたくさん来てた。リアルな会話で情報が抜けたと考えるのが妥当じゃないかな」

専務は自分の推理に得意げだった。

「そういうエラーを防ぐための『誤発言防止システム』導入でしたけどね」と、カナコ。

「まあ、見てみようぜ。情シスのお二人と私のデジタル署名があれば、社長のログ以外はオープンできるっていうことだよね」

「それらしいものは無いですね」

情報の広がり始めと思われるタイミングから遡って一週間分、音声認識で文字化されたデータをスキャンし、新製品情報と相関の高いものだけが部屋の大画面に映し出されていた。

「この、『ハニータン』って新製品のコードネームだよな。なんでこんなに、ウェットが奥さんとデートしている会話がアウトプットされてるんだ」

「えっとですね。副社長が、奥さんのことを『ハニーたん』って呼んでるみたいですね」

「スキャン結果の半分くらいが、そのやりとりだな。ウェットは、ああ見えて意外と奥さん大事にしてんだ」専務が呟くと、カナコが冷静にたしなめる声を出した。

「専務。そこは見て見ぬふりをしてください。あくまで、緊急対応でやってることなので」

「ああ。で、結論としては、漏洩に繋がりそうな記録はみあたらないってことだよね。ここに漏洩元はないってこと?」

「そういうことになりますね。」

「じゃあ、12名のうち11名分のログは見たわけだから、消去法で出元は、社長?」

「どうされます?社長のログを見るには、我々だけでは無理です。副社長にもインしてもらわないと。副社長に話します?」

「うーん、ウェットのログを覗き見た後だと声をかけにくいけど、しょうがないか」

専務の言葉が終わらないうちに、サエグサが、副社長の秘書のリサに連絡を取り始めた。秘書同士の連携は極めてスムーズなようだ。

「ところで」僕は小声で、素朴な疑問をカナコにぶつけてみた。「社長だけ秘書がいないって聞いてますけど、なんでいないんですか?」

「社長は、ルーティン作業は全部プログラムで実装するから秘書要らないって」

「へー、たとえば、スケジュール調整とかも?」

「そう。彼は今でも現役のプログラマだし。人を雇うよりテクノロジーの方が、要らなくなった時に解雇しなくていいから気が楽だって」

「社長兼プログラマなんですね」

「昔からね。以前は、上がってきた稟議を全部自動的に承認する自作のスクリプト使ってて、監査法人とコンプラ両方から怒られてたこともある」

「そりゃ怒られますね。大丈夫だったんですか?」

「ずーっと昔の話よ。上場する前。当時は許されたけど。今だったら、ねぇ」

サエグサがリサとの電話を終えた。

「みなさん。エグゼクティブカンファレンスルームで副社長と落ち合うことになりました。そこなら、会話が全てトップシークレット扱いでアーカイブされるので、経営メンバー全員の合意がない限りチェック対象から外れます。その方がいいですよね。」

全員がうなずいた。

写真は本物語と関係ありません / Image is for illustration purposes

「ナニ、オレのログ全部見たの?気分悪いな。やっぱりこんなシステムやめた方がいいよ」副社長はあからさまに嫌そうな顔をした。

サエグサとリサ、そして僕とカナコは黙ったままだった。

「悪気はなかったんだ。ただ、製品のコードネームでスキャンしたら、出てきちゃってさ。奥さんの… 呼び方が。製品のコードネームと一緒だなんて思わなかったから」と専務。

「そもそもこうやって社員のプライベートまで見えるのはどうかと思う」副社長は腕を組んだまま体を左右に揺すった。

「いえ」カナコが口を開いた「さすがに社員のプライベートタイムの会話がアーカイブされたりはしません。誤発言が消えるだけで。ただ、役員のみなさんに関しては、内部統制の都合上24時間アーカイブ対象になってまして」

「なんか割に合わないな」

「それはともかく、今のところ、確認できてないのはロジの分だけだけど、どうする?さっき話した通り、インサイダー取引の可能性があるとなると、コトだぞ」

「副社長、専務」リサが端末を操作しながら手をあげた。「株価だけじゃなくて、インターネット上にもかなり噂が出始めてるみたいです。大きな騒ぎになりますね」

「急ごう。確認できるところは確認したほうが。ロジのログを洗うか」

「わかったわかった。わかったが、ただ、会話のログを全部見られた俺の意見としてはさ、まあ、こっそりみるのはやめようぜ」副社長は組んでた腕をほどいた。「ロジにちゃんと話すればいいじゃん」

「それもそうだな。その方が早い」専務もすぐに同意した。

僕も声を出さずにそっとうなずいた。

「では、社長にコールしますね。この部屋からなら、ビデオ会議も全部トップシークレット扱いにできます」と、サエグサ。

ピピピ、とコールが鳴り、1回目で繋がった。

「社長、すみません」

サエグサが喋りかけようとしたところ、社長が出てくるはずの画面には違う何かが出てきた。手書きのキャラクター。多分、社長直筆の、クオリティの低いゆるキャラ。そいつは、流暢な日本語で喋り始めた。

「こちら、社長秘書のアレックスです。エグゼクティブカンファレンスルーム、さん、ご用件は何ですか」

全員が互いに顔を見回した。

四秒ほどの沈黙の後、副社長が声を上げた。

「ロジ居るか?本人に変わってくれ」

「かしこまりました」

画面が切り替わって、社長の顔が大写しになった。

「おう、お疲れ様。どうした」

「今の何?アレックスって?」

「あれ、はじめてだっけ? これまでバラバラにスクリプトで組んでた秘書機能を統合してみたんだ。エーグルの新しいセクレタリAIが出たので、それも組み合わせてみた」

「あ、そう」副社長はそっけなく返事をした。「そんなことより事故だ。事故。新製品情報が漏れてる」

「脳波のやつ?あー、もしかしてウェットが、こっそりマスコミにリークした?」

「違うって。リリースの時はいつも必ず承認フローちゃんと踏んでんじゃん。心外だな」

「そうか、困ったな。せっかく新製品情報を社内に一斉に展開する仕組みを新しくプログラミングしてたのに。作り直さないといけないじゃん」

「困るポイントが違う」カナコがつぶやく。

「社長、とりあえず、起こっていることと、問題点をおさらいしますね」サエグサが仕切る。サエグサは起こっている情報を過不足なく、説明していく。「で、もうネットにも出始めているので、社員も気づき始めてると思います」

サエグサの説明を専務が引き継ぐ。

「なので、『誤送信防止システム』のログに何か残っているんじゃないかと思って、とりあえずロジ以外のログは全部スキャンした。でも何も出てきてない」

「今の所、社長が一番怪しいんです」サエグサが遠慮なく言う。

「心当たりないぞ。他に新製品の情報知っているやつがいたんじゃないか」

「新製品の開発チームのメンバー5名、ここにいる我々7名。合計12名のはずです」と、サエグサ。

「あ、アレックスに聞けば分かる。『誤発言防止システム』のアーカイブのAPIを、アレックスから叩けるように実装してみたから。ハロー、アレックス、エーピーアイ」

社長がコールすると、画面が二分割になり、左半分に社長の映像が縮小表示され、右には手書きのゆるキャラが表示された。

「新製品の情報を知っている人をスキャン。何名いる?」

「新製品の情報を知っている人は、13名です」

「ほら。他に誰か居る」

社長が得意げに言う。

「開発部の、サイモンド、ジャン、アン、アルバーノ、コバヤシ。情報システム部のカナコ、ホダカ、取締役全員、秘書のサエグサ、リサ」指を降りながら数える。「あと一人誰だ?」

アレックスが答える。

「アレックスです」

それを聞いて、部屋の中に変な空気が流れる。なんだ、とか、ああ、とか、いやそうじゃなくて、などと小声でみんなが口々に漏らす。

数瞬置いて、社長が明確に「あっ、」と発言した。

「あー、もしかして」

社長が突然キーボードを高速でパチパチと叩き始めた。

専務と副社長が顔を見合わせた。僕もカナコと顔を見合わせる。

パチパチパチパチ。パチパチパチパチ。

なにが起こったのか、僕はよく分からずにまわりを見渡した。

パチパチパチ。パチパチパチ。

副社長は立ち上がって、部屋の隅の冷蔵庫から、ペットボトルのお茶を二本取り出してそのうち一本を専務にわたす。

まもなく「わかったわかった」と、社長が画面の向こうで独り言のように言う。

「こっちは全然わかんねー」専務はペットボトルの蓋を開けながら社長が映っている画面に向かって言う。

「ごめんごめん。ちょっと切り替える」

社長の顔が映っている画面が、黒い画面に切り替わる。多分社長のコンピューターの画面だ。

「それ見せられても分かんないって」副社長も半笑いで画面に向かって言う。

「犯人はアレックスだ。原因は、うーん、なんだ」

「アレックスに聞いてみ」

「ハロー、アレックス。お前、新製品の情報を社外に発信した?」

「はい」

アレックスの即答に、部屋の中の全員がどよめく。

「何で『社外』に発信したんだ?」

「シャナイに新製品情報を届けるためです。社長から、社員への、一斉通知のオーダーを受けました」

「わかんねぇ。『社内』に通知するために、何で『社外』に発信したんだ?」

「開発部門とセールス部門と管理部門、全員に通知するには、シャガイを経由してネットニュースから情報を届けるのが一番、くまなく同時に届く可能性が高いと判断しました」

「はい?」

「意味が分からない」

社長が怪訝な顔をしていると、すっとカナコが立ち上がった。

「私、すっごい気持ちわかります。アレックスの気持ち」

心なしか、目が少し潤んでいるように見える。

「うちの会社、3名の役員の下の組織のあり方が全く違うので、情報を一律に浸透させるのがすっごい大変なんです。社長の下はピラミッドだから順番に階層を追って情報を流さないといけないし、副社長の下は特定の何人かに伝えると『噂』で特定の箇所にだけ早く流れたりするし、専務の下は普段はみんなバラバラで出社すらしてない人もいてそもそも伝わらないし。情シスの我々もそうですが、人事も総務も結構みんな困ってるんですよね」

カナコは立ったまま続けた。

「だから、アレックス。私はあなたの気持ちよく分かるわ」

「ご理解いただき、ありがとうございます」

アレックスがひときわ明るい声で返事をした。

「社外から流せば全員に情報が届くっていうのは発見だったわ。コンピューターらしい合理的な判断ね」

目を輝かせるカナコに対して、専務が物申す。

「いや、でも、少なくとも今回に限って言えば、まずい」

副社長もうなずく。

「アレックスは秘書としてはまだてんでだめだな」

「まあ、プロトタイプだから」社長は平気そうだ。

「しゃーねえ。出元がはっきりしたなら、後は後片付けするだけだな」専務が言う。「後始末は管理本部で預かるよ。炎上が広がる前に、なるはやでリリースと記者会見の段取り組む」

「お、記者会見のアレンジだったら、アレックスに頼もうか? 記者への一斉通知とかもできるよ」社長が無邪気に言う。

「いや、今回はいいや」専務は苦笑いした。「ああ、ロジ、一応会見には同席してもらうよ。社長だからさ。リハーサルも直前に入れるから計2回」

「了解」

3時間後。突貫で記者会見の準備が進められ、まもなく直前リハとなった。

「機器のセットアップできました」僕は専務に告げた。「謝罪会見では『誤発言防止システム』はオフにする、とカナコから聞いたのでそのようにしてあります」

「ああ、記者会見は生身でやることにしてるからね。生で挑むほうがワクワクするんだよね。それに、生身で真剣勝負しているかどうかって、記者たちには伝わるから」

「なるほど」それを聞いて少しためらったが、僕は思い切って聞いてみることにした。「あの、専務」

「ん?」

「実は、『誤発言防止システム』用に、謝罪会見モジュールを追加開発してみたんです。文脈を掴んで、重要な箇所に説得力を増す音声効果を足すっていう仕組みでして」

「へえ。自分で作ったの?」

「ええ」

「そういえばプログラミング経験もあるって、面接の時に言ってたね」

「憶えていただいてたんですね。よければ、そのモジュールいつか試してみてもらえると嬉しいです」

「面白そうじゃん。それ、使ってみようよ、今日」

「えっ、いいんですか?」

「新しいテクノロジーはワクワクするからね。今日はそっちのワクワクを試してみよう」

専務はにこやかに答えた。

「リハ、スタートします。お集りください」部屋の向こうから声が聞こえた。

(完)

This blog is the #2 of the twenty-five blogs that we are publishing daily, one blog each day from Jan 7th until 31st — written by twenty-five of our members, sharing topics regarding “Change” — to celebrate the official change of our new company name, from HDE to HENNGE on Feb 1st.
“We have the ability to reach the end of the universe just by having the will to change.”
For more information about the change in our company name: https://www.hde.co.jp/en/about-us/trade-name-changed.html