デジタル世代の育て方

社会の流れを見極めて、今必要な教育をしたい。

まだ子どもたちにツールを与えない大人がいる。

学校、家庭、その場所は様々だが、こういった大人は「紙と鉛筆」を必要以上に重要視し、その延長上にデジタル機器があると思っている。

まだ早い、他に学ぶべきことがある

本当だろうか?

ノートを何でとるかなんて言うことは、結局のところ個人の異なる趣味だが、教育というコンテクストのなかでは「趣味」などと言っていられない現状がある。

そして残念ながら、どんなに紙のノートをうまく取れるようになったところでタッチタイピングはできるようにならないし、現代社会における有用性は後者の方が高い。


これはちょっと前までの「英語」をトピックにした議論と似ているから、すこし英語について話してみよう。

今は「早期英語教育」なんて言葉が時代遅れになり、「英語がわからなくても大丈夫。あなたにはあなたの良さがある。」なんて、悠長なことはもう誰も言わない。

少し前までは、第2言語習得を強硬に進めると児童の言語発達に支障が出る、なんて議論もなされたが、冷静に周りを見て、バイリンガル環境で育ってどちらの言葉も話せない、なんて子どもには出会ったことがない。

みんなマルチに言語を混ぜ合わせたり、上手に使い分けながらコミュニケーションをとっている。

小さい時から英語を勉強させすぎて「英語嫌い」になってしまったというのは、早期英語教育が良いとか悪いとかが論点ではなく、単純に教え方の上手い下手が起因している。


もう英語に対して、「早すぎる」なんて議論がなされないように、デジタルに対しても、早すぎる、なんてことはない。

日本の外に出れば、小学校からクロームブックやiPadが支給され、高学年からはMacで自分の欲しい機能を持ったアプリ開発をしている子どもたちがいる。

「うちの子はそんなのは必要ない。」

と思われるだろうか?

はっきり言おう。それは親のエゴだ。

何が必要で、何が必要でないか。それを決めるのは子ども自身だ。

デジタル機器を使うことの弊害を気にしているなら、弊害が出ないようにアプローチを変えればいい。

デバイスそのものを生活から除外する、触らせない、というのは逃げでしかなく。まるで、わからないものを「必要ないもの」と無理やり解釈している、いわば思考停止状態だ。

  • 時間を決めて行う。
  • 使用していいアプリを選りすぐった有料かつ優良のものを選ぶ(無料アプリは広告などが多く、安かろう、悪かろうは当然発生する)
  • 大人と一緒に行う。
  • 大人も教材として、どのように利用したらいいのかを吟味する。

そういった簡単な気遣いで、デジタルデバイスは子どもの可能性を安全に、そして無限に広げる。


常識として使いこなせる子と、「時が来てから」習っているような子では正直大きな差が出るだろう。

その時に、大人が「いいのよ、あなたは」なんて温かい言葉をかけてみてもどうだろう?

僕が思春期の子どもだったら、率直に「ふざけるな」と思うだろう。

周りにできている奴がごろごろいる環境で、ローマ字もろくろくわからないなんて環境だったら、それはもう子どもにとっては地獄だ。

アメリカでは、読み書き計算プログラミング、とすでに当然のように言われている。

コンピュータの使い方を中学生で1から習うようでは「足し算わからないの?」といったような反応が返ってくる。

これが今後ますます低年齢化してくるだろう。


ここまで言っておいて、何を!と思うかもしれないが、僕はなにもデジタル信教ではない。メリハリは大事だと思っている。ホームスクールをやっているときもデジタル教材やゲームだけでなくブロックやパズルなども多用している。

しかし、子どもたちを見ていて思うのだ。

かたや7歳がiPadでforループのコマンドを入力しながらパズルゲームを行っている横で、大きい子がマウスの使い方がわからずに「なんでだよー!」と画面に向かって吠えている様子はシュールでしかなく、それはまるでアンチデジタルなど時代に逆行思考の人が社会に向かって騒いでいる様と何ら変わらない。

どうか、冷静になって社会を見渡してほしい。