お酒とカラオケはロックで

これの第二弾が先日開催され、私は快哉を叫んだ。夢の続きである。前回はお酒も一杯目でギブアップ、みんなとの会話にも積極的に入っていけず、今回は私にとってリベンジの舞台でもあった。

今回の飲み会が決定してから私は何個か目標を立てた。とにかく楽しむこと。これは前回と変わらない。一番意識したのは、今後この飲み会のメンバーから私が外されないこと。これである。戦力外通告は是が非でも避けたい。そのためには私がしょーもない人間だと思われてはならない。冗談の通じる明るい人間だと認識してもらわないといけない。ベルリンの壁より強固な人見知りの壁を取り払わなければならない。取り払えないまでも、できるだけ壁を薄く低くする必要がある。

「このメンバーとの飲み会が百年続きますように」

ハナミズキの歌詞にも負けない強い信念を持って第二弾に挑んだ。

メンバーは前回と同じく、私を含め5人。あらためて言わせてもらうと、私以外みんな本当に素敵な方々である。しかし、私をこの素晴らしい飲み会に誘ってくれたおじさまはこの日をもって会社を辞められた。飲み会前に空想していたハナミズキ計画は泡と消えてしまうのだろうか。これから注文するビールのように。

どうやら続くようだ。

さて、飲み会である。仕事終わりということもあってお腹がりゅうちぇるりゅうちぇる、いや、ぺこぺこだ。こういうところが悪い癖だと自分でも気づいている。一応。

お店の人に梅酒を注文。「ロックですか?」と聞き終わらないうちに「お湯割りで」と付け加える。お酒のロックはまだ早い。クレヨンを初めて持った子供に大聖堂の壁画を描かせるようなものだ。一杯目の(私にとってはおそらく最後の)お酒がみんなの手元に運ばれ、「かんぱーい!」

おいしい料理を食べ、素敵な女の子たちとおしゃべりをする。また夢を見ているのだろうか。気づけば二杯目のお酒を注文していた。人類にとっては小さな一杯だが、一人の人間にとっては大きな一杯である。次は三杯、あるいはロックが目標となった。お酒は人を成長させるのだ。ときに破滅もさせるが。

食事の最後におじさまにお花をプレゼントし(もちろんお花は女の子が用意した)、写真を一枚撮らせていただいた。笑顔が苦手な私とは正反対のまぶしすぎる笑顔だった。まぶしかったのは店内の照明のせいだったかもしれない。

二次会は前回に引き続きカラオケである。私は日本のロック音楽が好きなので、そればっかり歌っていた。気分と調子にノッていたのでいつもより声も出ていたかもしれない。休日は家から出ないくせに。

女の子とのトーク中、「平和主義」を「競馬趣味」と聞き間違えられて何だかほっこりしたのが印象的だった。

前回以上にお酒を飲むことができ、前回以上におしゃべりをすることができ、一応目標は達成できただろうか。恋愛経験が少ない(ないとは言わない)私が女の子たちとの恋愛トークに参加できたのも成長の証だろう。と自画自賛してみる。

カラオケが終わるころには時刻は1時半を過ぎていた。やはり幸せな時間は過ぎるのが早い。ひとり家まで歩いて帰る女の子の後ろ姿を心配そうに見送りながら、今回も「家まで送ります」のひと言が出なかった自分を呪った。

こうして私のリベンジの舞台は静かに幕を下ろした。第三弾が開催されるころにはもう少し暖かくなっているだろうか。

そんな夢を今回も見ていただけかもしれない。