セミの切ない一生
もし私がセミに生まれたらどんな一生を送るだろうか? どのタイミングで地上に出て、どの木に安住を求め、どんな終わり方を迎えるだろうか?
セミが姿を見せ始める時期といえば、梅雨も明け、いよいよ蒸し暑い夏本番が始まるであろうタイミングが相場である。しかし、私は梅雨が明けて夏が始まったからといって、のこのこと地上に出てくるような真似はしない。バーゲンに開店前から並んで一番乗りを目指すタイプではない。
まずは土の中から目だけを出し、本当に梅雨は明けたのか、セミにとって過ごしやすい気温になったのか、周りに天敵はいないのか、十分に確認してから重い腰(セミの腰は軽いはずだが)を上げるだろう。その確認作業に最低でも一ヶ月はかけたい。とくに小学生が必死でセミを捕まえに行く夏休み期間中は土の中でひっそりとしているほうが賢明だ。地上に出るなら9月以降である。
9月、いよいよ地上に出るときが来る。朝は苦手なので、おそらく昼過ぎに土の中から顔を出すだろう。もちろん一気には出ていかない。やはり、周りに敵はいないかを確認して、すっかり全身を地上に開放するのは日が暮れてからになるかもしれない。
初日は忙しい。まずはこの暑苦しい殻を脱いでいつでも飛べる準備をしておく必要がある。不器用なので、殻を脱ぐのにもかなりの時間がかかるだろう。その最中に敵に襲われるような悲惨な事態は避けなければならない。
翌朝(二日目)、ようやく羽化に成功する。とはいえ、羽化だけでうかうかしていられない。つぎに家さがしである。9月とはいえ、まだまだ同僚のセミは多い。サクラ、ケヤキ、モミなどの人気の木は人混みならぬ、セミ混みで居心地が悪い。できればシェアハウスは控え、一匹でひっそりと平和に暮らしたい。そう、私は一匹狼、一匹セミである。
とりあえず二日目は木の穴場スポットめぐりに費やすことになるだろう。捕まり心地もよく、樹液の喉ごしも最高で、周りに天敵もいない隠れ一等地を探す必要がある。そしてそのお目当ての木の住民票を運よく一日でゲットできたことにする。
高所恐怖症なので木のてっぺん付近は足が、脚がすくむし、小学生の虫アミが届くような低い場所でも具合が悪い。ずっと木の真ん中付近に捕まって群衆を見降ろすだろう。ただし、目が悪いのでその木が電柱だったり物干しざおの可能性もある。
三日目、いよいよ緊張の嫁さがしである。住んでいる場所が穴場スポットだけに、よほど大きな声で鳴かなければ相手にも気づいてもらえない。発声準備にも念を入れる。張り切って一声目から力いっぱい声を出そうとすると、喉をつぶしかねないので樹液で喉を湿らせ、最初は控えめに鳴く。喉が安定してきたら、いよいよ本番である。
セミにも笑いという文化があるのなら、笑いのツボが似たような価値観の合うメスの子がタイプだ。見た目にはこだわらないが、できれば小柄で黒髪、いや、黒触覚の子がいい。妻子持ちのオスと不倫するようなメスは避けたい。
意中の子が見つかったとしよう。樹液系男子はさりげなくアピールする。最初は緊張で鳴き声が裏返ることもあるだろう。ここで張り切って大声で鳴いてしまうと、外敵に目をつけられる予期せぬ事態も起きかねないので、ここは大胆かつ慎重にアタックチャンスを待つ。
四日目、五日目、六日目、不器用に愚直に一途にアピールを続ける。しかし、その子には他に好きな子がいた。涙をぬぐって終活の準備に入る。涙を落とすついでに幸せそうな人間のカップルの頭上にオシッコも落としておこう。
セミの一生は短い。どんな終わり方がいいだろうか。できるなら寿命でひっそりと羽を休めたい。人間に捕まって狭い虫かごの中で最期を迎えるなんていやだし、外敵に殺られるのもごめんだ。
ただ、セミの研究者に捕まり、標本にされて後世にまで自分の姿を遺すのは悪くない。よし、これでいこう。とりあえずセミの研究者っぽい人の家の近くの木に住民票を移す。
七日目、その研究者の小学生の子供に羽をもぎ取られて一生が終わる。

