『金の斧、銀の斧』
むかしむかし、とある村にひとりの木こりがいた。ある日の朝、彼はいつものように愛車のセグウェイで近くの湖、いや、沼へ行き、きったない沼へ行き、そこらじゅうの木を手当たりしだいになぎ倒していた。作業中、ふと職業としての木こりの将来性をあらためてぼんやり考えていると、あやまって手に持っていた斧(中国製)をすべらせて湖、いや、沼に落としてしまったが、運よく自分で拾うことができた。
しばらくして彼は休憩をとった。タウンワークを見てはため息をつき、スマホで転職サイトを眺めては底知れぬ不安が押し寄せる。
休憩を終えた彼はふたたび作業にとりかかった。帰りに一応履歴書用の証明写真でも撮っておこうかと頭の中で計画を立てていると、また手元が狂い、斧は今度こそ彼の手の届かない湖、いや、沼の奥深くに落ちてしまった。
しかし、斧のストックを用意していた彼は三たび作業にとりかかった。「備えあれば憂いなし」彼はにんまりした。
しかし、悲劇は繰り返される。斧はむなしい水音とともに、またしても湖、いや、沼の奥底に沈んでいったのだ。
斧のストックが尽き果てた彼は心底困り果てて疲れ果てた。「ああ、なんで三本目を用意しなかったんだ」
家に三本目の斧を取りに帰ろうとしたとき、湖、いや、沼の中から化け物、いや、女神が現れて木こりに向かって尋ねた。「あなたが落とした斧は、この持ち手の部分が金色をした金の斧ですか? それとも、この持ち手の部分が銀色をした銀の斧ですか?」
その化け物、いや、女神のあまりのハスキーボイスに思わず振り返った彼は、その化け物、いや、女神と初対面であるにもかかわらず、意外と冷静な口調で「ちげえよ!」と、やや高飛車な態度をとった。おそらく将来の不安もあって少しナーバスになっていたのだろう。
意外な反応にややあわてた化け物、いや、女神だったが、ここは気をとり直してもう一度彼に尋ねた。「では、あなたが落とした斧は、この持ち手の部分が普通の木でできた普通の斧ですか?」
彼は「まあそれはそうなのですが、将来の自分を思うと私が本当に落としたのは肩です」
すると、化け物、いや、女神は「あなたは正直者だ。正直者のあなたには、この持ち手の部分が金の斧と持ち手の部分が銀の斧をあげましょう」と言った。
彼は悪魔に魂を売って、化け物、いや、女神にもらったせっかくの斧をメルカリで売った。そしてその日の出来事を木こり仲間数十人にグループLINEで送った。
翌朝、その情報を受けとった木こり仲間の一人が現地におもむき、さっそく自分の斧(ドイツ製)をわざと湖、いや、沼に落としてみた。
とくに何も起こらなかった。
おしまい。

