「デモは効果がない」日本のエンジニアがつくる新しい民主主義のかたち

――全国会議員にFAXで意見を送れるサービス「Japan Changer」

IGNITION Staff
IGNITION 日本版
7 min readJan 20, 2016

--

もしも、20年前の日本人が現在の国会前の状況を見たら、「いったい何が起こったのか?」と、目を丸くすることだろう。かつて、日本人は「政治に無関心」と言われていた。しかし、2015年、安倍晋三政権が成立を目指している安保法案に反対する人々が国会前に押し寄せ、数万人が参加するデモ活動が行われているのだ。「大人しい」「意見を言わない」と言われてきた日本人に、今、「政治の季節」が押し寄せつつある。

だが、そんなデモ活動に対して冷ややかな眼差しを投げる人物がいる。彼の名は村上福之。エンジニアとして大手企業に勤務後、数々のウェブサービスやアプリ開発を行ってきた彼は、デモの「効果のなさ」に苛立っている。

2011年の東日本大震災以降、反原発や特定秘密保護法案の廃案を掲げた大規模なデモ活動が盛んに行われ、「デモ」という政治参加の方法は、日本にとって急速に身近になってきた。デモは、一般の人々が意見を表明する場となり、これまで政治に興味を示さないと言われてきた若者たちをも積極的に巻き込んでいるのだ。だが、村上は、隆盛を極めるデモ活動に対して「意味がない」と断言する。

「繁華街である渋谷や新宿でもデモが繰り広げられていますが、そんな場所に政治家はいません。また、首相官邸前や国会議事堂前で夕方からデモを実施しても、国会議員たちは審議が終わったら帰ってしまう。誰もいない国会に対して『安倍辞めろ!』というシュプレヒコールをするなんてバカバカしいじゃないですか」

その言葉だけを捉えれば、それはコンピュータエンジニアによくある、冷笑的な発言のように聞こえるだろう。しかし、彼は他の人々と同じようなニヒリストでもなければ、未来に対して希望を捨てた人間でもない。その証拠に、デモよりも効果的な政治参加の方法と考えるサービス『Japan Changer 』を2015年の7月にリリースした(現在はサービス停止)。

ウェブサイトに記載されたフォームに記入して申し込みをすれば、4800円(約40ドル)で、全国会議員717人にFAXを送付できるというこのサービス。はじめは、メールでの一斉送信を考えていたが、国会議員のうち124人しかメールアドレスを公開していないことが判明し、断念。そこで、彼が目をつけたのが時代遅れのFAXだった。この前時代の機械は、もはやその座をメールに取って代わられているものの、国会議員たちの間では現役として使われており、議会開始時間の連絡もFAXによって送信される。つまり、FAXで人々が意見を送信すれば、国会議員たちの目に触れる可能性は高いという算段だ。「一斉に議員会館のFAXを鳴らすなんて、威力業務妨害すれすれの迷惑行為。彼らの仕事のじゃまにならないように、一週間に一度、夜中に送信を行っている」と、送り先に対する配慮も忘れない。

現在、日本では与党である自民党が圧倒的な議席数を確保しており、数の上では彼らが望みさえすればどんな法案でも通過させることができる。村上は、そんな状況をゲームになぞらえて「無敵モード」と表現する。しかし、そんな冗談めかした言葉とは裏腹に、彼は、日本が70年にわたって培ってきた民主主義が、曲がり角に来ているのではないかという懸念を抱えているようだ。

「安保法案に反対している人々はたくさんいるにも関わらず、自民党が衆議院で326議席、参議院で115議席を占めている現状では、法案は簡単に通過してしまう。今、この国の民主主義はかなり怪しいポジションに来ているんじゃないか。今の日本の状況は、みんなが幸せにならない方向に走っているような気がします」

このサービスの利用者は公開から2週間あまりでおよそ数十人。主張の内容にかかわらず、「違法でなければすべて送る」というのが村上の方針だ。

「苦手なものは人付き合い」「休日は会う人がいないので、一日ネットをして過ごす」と、村上がブログで公開しているプロフィールには自虐的な言葉が並んでいる。その早口でぼそぼそとした喋り方や、常識にとらわれない――それは、よくも悪くもという意味だが――振舞いを見れば、多くの人が、彼のことを典型的なコンピュータオタクと認めるところだろう。

しかし一方で、そんなオタクは、「Japan Changer」の他にも、フィリピン、タイ、そして日本国内で発生した災害に対して、SNSの力を使いながら数百万円単位の義援金を集めるなど、社会活動を熱心に行ってきた。自分の好きな世界に没頭するオタクと、「社会貢献」とが奇妙に同居する彼のマインドは、いったいどのようにして培われてきたのだろうか?

「以前勤務していた松下電器(現・パナソニック)では、社会と文化に意味がある働きをしなければいけないと教えられてきた」と説明しながら、村上は、その社訓である「産業人たるの本分に徹し 社会生活の改善と向上を図り 世界文化の進展に寄与せんことを期す」をスラスラと暗唱してみせる。それは、「経営の神様」として日本中の企業家から尊敬を集める、創業者・松下幸之助が生み出した言葉だった。

「例えば、有名証券会社に対して、高給を羨むことがあっても、尊敬をすることはないでしょう。文化に貢献し、社会にインパクトを与えるという意味では、『ニコニコ動画』(日本の動画共有サイト)のほうがより尊敬を集めますよね。お金を稼いでいるだけの会社は尊敬されないし、次の時代まで残っていくこともないと思います」

さらに、4代にわたって材木店を営んできた村上の家系も、彼の姿勢に影響を与えている。古くから商売を営んできた村上の家では、「商人は寄付をしなければならない」という考えが受け継がれてきたのだった。

「自分に金がなかったら人から集めてでも寄付をしろと教えられてきたんです。商人はお金の集め方を知っているのだから、寺や博物館、美術館、途上国、養護施設などに寄付をしなければならない。我が家でも、先祖は寺の建立費を寄進しているんです。僕なんかまだ全然規模が小さいんですよ」

「Japan Changer」も、数々の義援金活動も、村上に対して1円の利益ももたらさない。それどころか、むしろ、やればやるほど費用はかさみ、膨大な手間と時間を必要とする。2014年に、死者1万人を超えるフィリピンの台風被害に対して義援金を送った際には、PayPalとのトラブルで集めた金が引き出せず、300万円の寄付金を自腹で建て替えたこともある。いったい、なぜそんな苦労をしながら、彼は社会貢献をするのだろうか?

「だって、お金のために生きても仕方ないじゃないですか。『天下取っても二合半』のことわざ通り、人間はどんなにお金持ちになってもご飯は2合半しか食べられない。それよりも、社会の役に立つことに使うべきです。300万円を建て替えた時には自腹での支払いを覚悟しましたが、損をしたとしてもまた稼げばいいんですよ」

昔ながらの考え方とWebテクノロジーを武器に、変わり者のエンジニアは、社会に新たな変革を起こそうと目論んでいる。

取材・文:萩原雄太

取材日:2015年8月10日

英文記事:http://ignition.co/345

--

--