音楽配信サービスの静かなる巨人「Amazon」

IGNITION Staff
IGNITION 日本版
Published in
8 min readJul 21, 2015

華やかなファンファーレを鳴らすこともなく、Amazonは、最も価値のある音楽配信プラットフォームのひとつを構築しつつある。

文:Paul Cantor

先日のWWDC15ではApple Musicが話題の的となったが、SpotifyやTidalと並んで、もうひとつの音楽配信サービスが静かにマイペースで行進を続けているのをご存知だろうか。それが『Amazon Prime』だ。

2日以内の配送、映画配信、食料品雑貨の配達、そのほかジェフ・ベゾスが思いついたあらゆるサービスに加えて、おそらくあなたの知らないサービスが『Amazon Prime』にはひとつある。音楽配信サービス『Prime Music』だ。

「我々は、これまでもそうだったように、自分たちがやっていることを自慢気に誇示したり、大げさな記者会見を開いたりはしない」とAmazonのデジタル音楽担当ヴァイス・プレジデントのSteve Boom氏は話す。

Prime Musicは、昨年6月、あまり宣伝されることもなくサービスを開始した。これにはそれなりの理由がある。Prime Musicは付加価値的な商品であり(年間99ドルでPrime会員になればこんなすごいサービスも使えます!というように)、新曲や三大メジャーレーベルの最大手「Universal」の楽曲は含まずにスタートしている。

そして当時、人々はAmazonの本命プロダクト『Fire Phone』の発売を固唾を呑んで見守っていたのだ。

とはいえ、注目されないことにもメリットはあった。プロジェクトに腰を落ち着けて取り組み、顧客の嗜好に合ったサービスを開発する時間をとれたことだ。もちろん、Amazonが膨大な顧客データを持ち、それを活用したのは言うまでもない。

「このサービスを立ち上げるとき、我々はAmazon秘伝のソースを使おうと思っていた」とBoom氏。

「ひとつは、我々がこれまでずっと音楽を扱ってきたことだ。我々は人々がどんな音楽が好きなのかについて膨大なデータを持っている。人々がどんなものにお金を払うかを知っている。どんな音楽を再生しているのかを知っている。我々はこうしたデータに、人間的な要素を付け加えた」

アルゴリズムと人間の巧みなセンスを組み合わせることで、Amazonは巨大なレコード目録の中からいくつものプレイリストを作成した。ヘビー・オン・ザ・ロック、ポップス、カントリー・ミュージックなどのプレイリストだ。

そして今年のはじめ、Amazonは無広告のラジオサービスを開始し、新曲を流し始めた。他の音楽配信サービスが売りにしているのと同じような新曲だ。

「我々は、あらゆるジャンルの曲を、リリースと同時に聴けるようにするとは約束しない」とBoom氏。「(とはいえ)すでに昨年秋から、セレクトした新曲をPrimeでも流している」

それ以降、Prime Musicで新曲が配信される頻度も増えてきている。例えばブレイク・シェルトン、マムフォード・アンド・サンズ、メーガン・トレイナー、ケリー・クラークソン、モデスト・マウス、パッション・ピット、エラ・ヘンダーソン、マーク・ロンソン、ドワイト・ヨアカムのようなアーティストの新曲が流されている。

一番クールなアーティストは含まれていないようにも見えるが、何がクールかは個人の嗜好にもよるだろう。

また、それはAmazonがそう望んでいないからではない。Universalはいまだに曲の提供を渋っており、現在、Prime Musicで新曲を探しても、それが見つかる保証はない。例えば、エイサップ・ロッキーの最新アルバム『At.Long.Last.A$AP』は聴くことができない。Boom氏によると、Amazonはケースバイケースで獲得する楽曲を決めており、いずれの曲を獲得するにせよ、実際に聴かれるものでなければならない、ということだ。

「我々は顧客が何を好むか、どんなものを購買するかを知っている」とBoom氏。これが、配信する楽曲をどうやって決めるのかという質問への答えだ。

「そのうえで、サービスを提供しながら、何がうまくいくのかを検証していくこともできる」

新曲がいつリリースされるのかわからない不便さを脇に置けば、Prime Musicの良い点のひとつは、とてもシンプルに使えることだ。

自分がこれまでに買った曲はすべてクラウドからアクセスできるうえ、タグをクリックするだけで、ラジオステーション、プレイリスト、楽曲、アルバムを瞬時に切り替えることができる。どれもシンプルな機能だが(特にユニークでもないが)、Amazonは車輪を再発明する気はないということだろう。

Prime Musicに改善点があるとしたら、アプリ内で欲しい楽曲をワンクリック購入できる機能をつけることだ。今、それをするには、Prime MusicアプリとAmazon本体の間で切り替えなければならない。そこが少し面倒だ。

また、「この曲はPrime Musicで聴けるだろうか?」のゲームを毎回しなければならないのも困りものだ。これは、ほかのサービスに乗り換える十分な理由になる。

とはいえ、Amazonの Prime会員数は3000〜4000万人いると想定され、つまり、すでに大勢の人がPrime Musicの料金を払っていることになる。現在ほかの音楽配信サービスを使っている人が、Prime Musicに乗り換えることはおそらくないだろう。

しかし、まだ使っていない人にとっては、Primeがちょうどいい入口となる。Spotifyはまったく同じ料金だが、1500万人のユーザーがいるに過ぎない。Tidalはまだ会員がほとんどいない。おまけに、どちらのサービスも日用品を無料で届けてもらうこともできない。

真面目な話、Prime Musicを利用するのは、別の理由ですでにPrime会員になっている人ばかりだろう。とはいえ、AmazonはPrime Musicを軽く扱っているわけではない。Boom氏は、より幅広い音楽コミュニティに、Amazonが良きパートナーになろうと努力していることを知ってもらいたいと願っている。もしそうなれば、Amazonはより多くの新曲、より多くのアーティストを獲得できるはずだ。

「アーティストのコミュニティに私たちのサービスを知ってもらい、それがどれほど影響力があるかを理解してもらうことが大切だ」とBoom氏。

「アーティストが新曲を出すときに、Amazonという素晴らしいマーケティング・チャネルがあるということ思い出してもらいたい」

これは本当だ。Amazonが恐ろしいほど巨大なのは言うまでもないだろう。TrafficEstimate.comによれば、AmazonはGoogle、Facebookに次ぐアメリカで第三位のウェブ・トラフィックを誇っている。

直近30日で言えば、6700億人もがアクセスしている。Amazonのトップページは、インターネット上で最も価値のある不動産のひとつだ。

「開発のために与えられた予算はあまり多くないんだ。Amazonにとってこの程度の注目を集めることは…」とBoom氏は、最後までは言わなかった。言う必要がないからだ。

Prime Musicが話題になろうとなかろうと、Amazonは今までどおり、顧客が満足するまで改良しつづけるだろう。すべては顧客のためにやっていることだからだ。

競合サービスは排他的な動きを見せているが(例えば、DrakeはApple Musicの新機能「Connect」を通じて、新しいアルバムをリリースする予定)、Amazonはこの領域にあまり踏み込もうとはしていない。

これまでで最も多く配信されたのは、昨年リリースされた「All Is Bright」と呼ばれる、新旧のクリスマスソングを集めたAmazon特製のプレイリストだ。

Boom氏は「レコード・レーベルを立ち上げる計画はない」と話す。

「我々は有限実行が好きなんだ。我が社はずっと前から事業をやってきて、うまくやれることを証明してきた。こうした人たちみんながやろうとしていることよりずっと多くのことをね。彼らがやろうとしていることが今から11ヶ月後でも、重要なことでありつづけるかどうか、それはわからない」

それに加えて、彼らの多くはすでにバックミラーの中だ。

「Prime Musicを使っているユーザーの数は、すでに、他社のサービスのユーザー数を超えている」とBoom氏。「それが事実だ」

--

--